番外編 ある王女の嘘
2024年のエイプリルフール番外編です。
時系列的には狩猟大会編のほんの少し前。同月の四月一日になります。
第五章・帝国の王女 第五節・槐夢の客星編 608.Chapter1 Prologue【かくして運命に抗う】 までのネタバレを含みます。
エイプリルフール。それは、その日だけは“嘘”が許されるという特別な日。
……なのだが。乙女ゲー厶『UnbalanceDesire』通称アンディザの世界はあくまで西洋風ファンタジーな世界観。
季節ごとのイベントなんて、数年前に私がうっかり広めてしまったハロウィン擬きぐらいしか無いのが現状だ。
そんな、狩猟大会を後日に控えた四月一日の朝。モーニングルーティーンの素振りと軽い筋トレを終え汗を流していた私は、ふと思い出したのだ。
──今日ってエイプリルフールじゃん。と。
今になって突然エイプリルフールに勤しむなど、中々に意味不明な話ではあるが……まあ、たまにはこういった戯れも一興であろう。
「王女殿下、こちらの香油をお使いしても?」
「いいよー」
「ではここぞとばかりにマッサージを」
「いいよー」
「アミレス殿下がぼーっとしていらっしゃる……これはつまり、普段中々させていただけない諸々のチャンスでは!!」
「いいよー」
我が東宮の貴重な侍女の筆頭トリオ。ネア、スルーノ、ケイジー。彼女達が嬉々として湯浴みを手伝ってくれるので、その間私は黄昏つつ物思いに耽ける。
さて。嘘をつくと言っても、問題は内容だ。
何せ私の身内は揃いも揃って冗談が通じない純粋で実直な人達。下手な嘘をついた日には、身内で大犯罪者打線を組めるようになってしまう恐れがある。
なので適度にゆるく、しかして真実味のある嘘を用意しなければならないのだ…………。
♢♢♢♢
あれから一時間半。ネア達に身を任せていたところ、爪垢から髪の一本まで丁寧に全身をお手入れされました。達成感溢れる表情の侍女トリオに見送られて部屋の外に出ると、
「お疲れ様です、王女殿下。──本日も輝く星のようなお美しさで。貴女様のお傍に控えられるこの身はなんと幸福なのでしょうか」
「わあ……! 主君、今日はいつもと少し雰囲気が違いますね。普段の主君も勿論素敵ですが、今日の主君も素敵です」
扉の前で待っていた大型犬系の従者二人が、にこやかに褒めてくれた。いつもの事だが、可愛い耳と揺れる尻尾の幻覚が見えてしまう。
思わず撫で回したくなる気持ちをぐっと堪え、私は予定通り“嘘”をつく。
「ありがとう、二人共。あ、そうだ! あのね、実は私──お慕いしている人がいるの」
さてさて彼等の反応はいかなるものか。『ついに婚約者を……!!』『未来の主ですか……気になりますね』とか言われるのかな。
人生初エイプリルフールに舞い上がる気分。誰も傷つけない嘘っていいわね、凄く気が楽だわ。気が楽エイプリルフールだわ!
「はは、ははは。主君。そういった冗談は面白みに欠けますよ。主君にそのような影が無い事ぐらい、ずっと見ていた俺には分かっておりますので」
「え?」
「………………我が身は貴女様の剣。どうか、どうかご命令下さい王女殿下。貴女様を誑かし唆す悪を──その首を落とせ、と」
「そ、それだと好きな人が死んじゃうじゃない」
「…………」
「黙り込まないで!?」
あれれぇ? なんだか想像してた反応と百八十度違うぞぅ……。
大型犬の幻覚は見る影もなく。成人男性二人の圧に負け、私はほんの数分でネタばらしをしてしまった。
「──嘘を許される日、ですか。他国には馬鹿げた文化があるのですね」
「だからこその四月馬鹿だからね。まさかあんな嘘で、あそこまで詰め寄られるとは思わなかったけど」
「当たり前ですよ。主君のお相手なんて、俺達にとっては非常に重要な問題なんですから」
「私、婚約者不在の王女だからねー……」
「「…………」」
はぁ。とため息を零す二人と並んで歩きつつ、エイプリルフールについて説明する。
これでも悩みに悩んで捻り出した誰も傷つけない“嘘”なのだけど、初っ端から不評だ。……難しいなぁ、エイプリルフール。エイプリルフールのプロがいたらアドバイスして欲しいぐらいだわ。
「……──あら、今日はカイルもいるのね。おはよう、カイル、マクベスタ」
「おはやっふ〜〜。今日も美少女だなァ、親友っ」
「ん。おはよう、アミレス。……シトラス系の香料を使っているのか。綺麗なお前によく似合っているよ」
「ふふ、お世辞でも嬉しいわ」
食堂に行くと、そこには既にカイルとマクベスタが居た。一人だと食事を忘れがちなマクベスタの為に、近頃は一緒に食事をすることが多くなったのである。……カイルは、まあ、いつも通りの気まぐれ不法侵入だろう。
あ、そうだ。せっかくだから彼等にも嘘をついてみよう!
「ねぇ、折り入って相談があるんだけど……」
「どしたん、話聞くで?」
「オレで良ければ相談に乗ろう」
上座に腰を下ろし、背後に控えるイリオーデからのやめておけオーラを後頭部に受けつつ、真に迫った演技で切り出す。
わくわく。今度こそ上手くいくかな。『おっ、恋バナktkr』『そうか、お前もそんな歳か……』とか言われるのかな。ドキドキ。
「実は……私、好きな人が出来たの」
「────は」
「…………え?」
カイルは無表情でピタリと固まり、マクベスタの精悍な顔からは色が抜け落ちる。
うーーむ。なんだかまた失敗の香りが……。
「あ、アミレス……ほ、本当に、好きな人が……出来たのか……?」
「そうなの。お恥ずかしながら」
「そう、なのか。そう……なんだな」
……おかしい。誰も傷つけない嘘を選んだ筈なのに、どうしてマクベスタは悲痛に沈んだ表情で俯いているの?
「…………アミレス。嘘をつくにしても、相手と内容を選べよ。マジで洒落にならねぇぞ」
「う、嘘ってなんのことかしら?」
「お前、好きな男なんていないだろ。見りゃ分かる。恋する人間ってのはもっとギラついてんだよ、目が」
茶化すでもなく、カイルは至って真面目に説教を繰り広げてきた。彼も元日本人だからか、私がエイプリルフールに興じていると気づいたのだろう。
カイルから飛び出した『嘘』『好きな男なんていない』という発言に反応し、マクベスタが「そうなのか……?」と縋るような表情で顔を上げたので、またもや早々にネタばらしをする羽目に。
「──そ、そうだったのか。“嘘をつく”という行為そのものに意味がある異国の催事とは……己が無知であるばかりに真に受けてしまい、すまなかったなアミレス」
「貴方は何も悪くないわよ。悪いのは嘘をついた私だけなので」
「……そう思うのなら、今後はそういった──『好きな人がいる』なんて嘘は控えてくれると助かる」
「? 分かったわ」
大真面目なマクベスタは、事情を話すとどこかホッとした様子で謝ってきた。その緩んだ表情を見ていると、此度の諸悪の根源たる私としては、たいへん胸を締め付けられるといいますか。
嘘って、精神衛生にあまりよろしくないんだなぁ……。イリオーデから放たれる言わんこっちゃないオーラが身に染みるよ。
「エイプリルフールを楽しむのはいいが、とにかくその手の嘘だけはやめておけよ。特に人外達相手はマジで気をつけろ。アイツ等冗談通じねぇからな」
「はぁーい」
「ちゃんと聞きなさい」
「いてっ」
カイルに軽いチョップを決められたところで、丁度アルベルトが入室。侍女達と共に朝食を配膳してくれた。
皆で談笑しながら美味しく朝食を食べ、あれから数時間も経てば私はエイプリルフールの事をすっかり忘れていて。
結局人外さん達にはこれといって嘘をつかず、私はとても平和にエイプリルフールを終えたのであった……。