番外編 冬月夜に聖ガブリーラの祝福を
2025年クリスマス記念番外編です。クリスマスなので、例によってクリスマスとは無関係でそれっぽいだけの番外編になります。
※時系列的にはアミレスの手作りチョコ事変よりも少し前、公爵家のパーティーに招待された後ぐらいの、一月下旬頃です。
第五章・帝国の王女 第七節・氷都決戦編
♦756.Chapter5 Prologue【かくして月は墜ちる】までのネタバレを含みます。
冬を見守る大天使ガブリーラ。天空教における神の御使。
彼または彼女が冬を招き冬を送り出すとされており、天空教を信奉する国々では冬が訪れると、この大天使ガブリーラに祈りと感謝を捧げる祭事を行うらしい。
そうすることで、この冬を平穏に、そして次の春を幸福に暮らせるとされているとか。
大天使ガブリーラの好物とされるお酒と甘いお菓子を月夜の窓辺に置き、暖炉の火の前で冬の歌を口ずさむ。そして愛する人や家族と共に冬の月を見上げ、祈りと感謝を捧げる。──それが冬月夜の祝祭。
地域によってはこの祝祭に合わせて春待ちの市というマーケットが開かれたりするそう。
私には縁が無かったのだが……雪が深まる十一月頃から真冬の二月までの数ヶ月の間に、フォーロイト帝国内の各地でも冬月夜の祝祭が行われていたらしい。
だが、帝都ではまったくその気配が無かった。
何せ我等が皇帝陛下は大のパーティー・お祭り嫌い。建国祭や秋染め祭といった国を挙げての祭りならまだしも、いち宗教の季節行事など許すはずもなく。
宗教の統一を行なっていないからこそ、帝都では公式的な宗教行事が一切行われない。やりたければ、領主がその宗教に傾倒している領地にでも行けばいい。──という姿勢なのだ。
民間伝承の星祭は、あくまで市民が勝手にやってるだけなので許されているらしい。が、街を挙げての大規模なお祭りともなれば、中々に皇帝陛下の許可がおりないようだ。
「──本当に、よく許可がおりたなぁ」
煌びやかな街を見渡して、私は感嘆の息を漏らした。
除雪魔導具と帝都外壁に展開された結界によって帝都内の積雪量は調整されており、子供のくるぶしに届くか届かないか程度の雪が積もり、遙か上空では吹雪いているものの帝都内では雪も穏やかに降り頻る。
フォーロイト帝国内で最も寒い街故に、民が快適に過ごせるよう工夫が凝らされたこの町で。
まさかまさかなお祭りが、行われようとしている。
帝都で宗教行事はやらない方針の皇帝に従い、冬月夜の祝祭ではないのだが……それに合わせて催される春待ちの市が、この度帝都で、一週間限定で開催される運びとなったのだ。
あえて魔石灯ではなく蝋燭で。天然の灯りが、ふんわりと優しい光を放つ。
せめて冬月夜の祝祭気分を味わいたい天空教信徒のご家庭などが、ここぞとばかりに家を飾り付けている。まさにお祭り騒ぎだ。
ここまでくればもういつもの事なのだが……この春待ちの市の主催はやはりシャンパー商会だ。
ここ半年は魔物の行進に冬染祭に国際交流舞踏会と立て続けにビッグイベントがあったのに、どうしてこの規模の市場を開催する余裕があるのだろうか。シャンパー商会に労働基準法は適用されないのかな、とシャンパー商会の働きっぷりに恐怖を覚える。
そして今日は記念すべき春待ちの市初日。雪降る夜に蝋燭の灯りが映え、人々の笑顔を照らす。
私、アミレス・ヘル・フォーロイトは、初日が一番綺麗だから……とホリミエラ氏に誘われたので、こうして夜景を眺めているのである。
「えぇ、ええ。ここまで本当に苦労しましたよ。各所への根回しや、他国の同業者に声を掛けたり……本当に、大変でした」
「お疲れ様です、シャンパージュ伯爵」
しみじみと呟くホリミエラ氏を労う。
「参考ついでにお聞きしたいのですが、どのようにお父様を説得したんですか?」
「国際交流舞踏会が終わり大半の貴賓が帰国されましたが、中にはまだ滞在されている方々もいます。そういった方々にフォーロイト帝国で過ごす日々を最大限に楽しんでいただきたい、と……。これはあくまで市場なので、なんとか許可をいただけました」
「我が帝国の冬と美食の数々をたいそうお気に召された貴賓が数え切れぬほど居た、と聞いております。此度の国際交流舞踏会の成功は、間違いなくシャンパー商会の助力あってのもの、とも。更にはこのような催しまで……本当にありがとうございます、シャンパージュ伯爵」
「商人にすぎない我が身には過分なお褒めの言葉ではございますが……他ならぬ我が君からの御言葉とあらば。謹んで、賜りたく存じます」
頭に雪をつけたホリミエラ氏が、恭しく頭を垂れる。相変わらず大袈裟な人だ。
「畏まりすぎですよ、シャンパージュ伯爵」
「しかし……心の底からこう思っておりますので……」
そんなことある?
「…………ねぇ。街に行くんじゃなかったの? 早く行って早く帰りたいんだけど」
「我は兄上とアミレスといっぱい遊びたいのじゃ」
「ナトラ……そうだね。いっぱい遊ぼうか。ああ、そこの丸眼鏡は帰っていいよ。僕とナトラと娘だけでいいから」
街の煌めきをバックに、クロノとナトラが楽しそうに話している。
クロノは厚手のコートと黒いタートルネック、そしてスラっとしたズボン。久々に男性ものの服を着ているところを見た。
ナトラはふわふわのワンピースと白いタイツ、その上からもこもこのポンチョを羽織り、マフラーをリボンのように結んでいる。可愛い。あまりにも可愛い。
何やら最近は皆忙しそうで、春待ちの市に行くにあたり同行者をどうしようかと悩んだのだが……あと数時間で日付も変わるし、寝る間も惜しんで何かをしている従者組から自由時間を奪うのは忍びないということで。
偶然にもクロノとナトラの竜兄妹が暇らしく、それならばと二体を連れて夜の春待ちの市に来たのだ。
「しかし……夜分遅くに王女殿下をお連れしたのは私です。王女殿下を皇宮に送り届けぬ訳にはいきません」
「要らない。僕達がいるから護衛とか要らないよ」
「ですが……」
あまりにも圧が強いクロノに、ホリミエラ氏も困っている。
「まあまあ。クロノも落ち着いて。シャンパージュ伯爵が誘ってくれたから、私達が揃ってお出かけする機会が生まれたんだし」
「……べつに、外出なら君が僕達に声をかければ出来るだろ。あの丸眼鏡が居なくたって、出来る」
「我、アミレスからの誘いならば何処へなりともついてゆくのじゃ!」
「ええと……そういう話ではないんだけどね……」
どうにも意思を曲げてはくれなさそうな様子だ。しかしホリミエラ氏を蔑ろにするわけには……。
「……叶うならば、私めが王女殿下をご案内してさしあげたかったのですが。どうやら本日は機運に恵まれなかったようですね。王女殿下の護衛はそちらの方々にお任せしようかと思います」
「シャンパージュ伯爵……申し訳ございません、こうして誘っていただいたのに」
「どうか気を揉まないでください、王女殿下。またとないこの機会が失われたのはかなり、それはもう、とてつもなく悔しいですが。何よりも大事なのは王女殿下をはじめとして、お連れ様方も、そして誰しもにこの春待ちの市を楽しんでいただく事ですから」
丸眼鏡の奥で、ホリミエラ氏がニコリと笑う。
「ありがとうございます。この埋め合わせは、いずれ必ず」
「では今度、珈琲の飲み比べなどいかがでしょうか? その時は是非とも、我が屋敷へ。娘もとても喜ぶでしょう」
「えぇ、喜んで」
惜しまれつつもホリミエラ氏とその場で別れ、私達は春待ちの市に向かった。
夜も更けてきて、肌寒さが顕著になる。侍女のスルーノがこれを見越して厚着にしてくれたので、歩き回ればじゅうぶん暖かくなれそうだ。
数時間で日付も変わるというのに、春待ちの市初日の夜だからか、帝都の大通りは人でごった返している。
「ふぉおおおお……! アミレス! そこかしこにキラキラしたものがあるぞ!」
「装飾品や硝子細工……あれは飴細工かしら? 他国の商人も多く来ているみたいだから、目新しいものが多いわね」
「あめざいく、とやらは食えるのか?」
「食べられるよ。買ってみようか」
「よいのか!」
飴細工の屋台に行き、花を模した飴細工があったのでそれを購入。飴細工を入手したナトラは、黄金の瞳をまんまるにキラキラと輝かせた。
「兄上! 透明じゃ! しかも花じゃ、花! 透明の花がキラキラしておる!」
「そうだね。蝋燭の灯りで飴が輝いてる。でも僕からすればナトラのほうがずっとキラキラしているよ」
「むふふー。兄上もキラキラじゃぞっ。勿論アミレスもな!」
「ありがとう、ナトラ。早く食べないと、飴細工が溶けちゃうかもよ?」
「なぬっ?」
少しだけ躊躇して、ナトラは思いきり飴細工に齧り付いた。バキッ、ゴリッ、と景気の良い音が聞こえてくる。
……しまった、舐めて食べるものって伝えるのを忘れていたわ。
「…………もう無くなってしまったのじゃ」
バリムシャと飴細工を食べ終えたナトラは、飴がついていた棒をしょんぼりと見つめている。
「もう一度買ってあげるよ。今度はどんな見た目のものがいい?」
「よいのか……! ならば、あの竜を模ったものがいいのじゃ!」
「わかった。買ってくるね」
屋台に戻ったら少し列が出来ていた。今はフードで髪の毛を隠しているし、わざわざ正体を明かす程のことでもない。列に混ざって並んでいると、いつの間にか隣にクロノが立っていた。
どうして彼がここに? とナトラを探す。彼女は花壇の雪を手で払って、積もったそれを丸めて遊んでいるようだ。
「クロノ? ナトラの傍にいなくていいの?」
「……………………」
「く、クロノ……?」
なんで無言なの?
「…………君は」
「?」
「君は、食べないのか」
「え? 飴細工を……ってこと?」
「それ以外に何があるんだ」
ぶっきらぼうに、こちらに視線を向けることはなく、クロノは静かに続ける。その声は真っ暗な空から降ってくる雪のように小さくて、ほろほろと崩れて消えてしまいそうだった。
「……僕達の番だ。ナトラのぶんはそれで……君は、どれにするの」
「じゃあ、これで」
クロノが何をしたいのかは分からないが、とりあえず言う通りにしよう。可愛い猫型の飴細工があったのでそれを選べば、
「僕が払う」
「え」
信じられない言葉が聞こえてきてバッと彼を見上げれば、「二つで氷銅貨二十枚だヨ!」と異国の店主が言い、クロノは懐から取り出した銅貨を二十枚ぴったり店主に渡した。
購入した飴細工を二つ持ち、クロノと共に屋台から離れる。
「……その、ありがとう。買ってくれて」
「──べつに。ただの気まぐれだよ。そこに意味や理由は無い。真意を求められても……困る」
私の疑問は、先回りされて答えを得た。どうやらクロノは気まぐれで、飴細工を買ってくれたらしい。
ナトラが楽しそうだから、クロノも気分が良くなったのかしら……気分がいいと羽振りが良くなるって聞くし。
飴細工を両手にナトラの元に戻り、本人希望の竜モチーフ飴細工を「今度は舐めて食べてみようか」と手渡す。ナトラは大喜びで受け取り、「アミレスも買ったのか! オソロイじゃなっ」と満面の笑みを浮かべた。
私達が並んで飴を舐めている間、クロノは眠そうにぼーっとしている事が多かったように思う。
その後も三人で春待ちの市を巡り、時にお菓子を、時にスイーツを食べ歩いた。夜中にこんなに甘いものを食べて……明日はネアとイリオーデに怒られそうだなぁ。
ちょっとした罪悪感を抱きつつ、ナトラの要望を全て叶える為に、三人でとにかく食べ歩く。
「このスイーツも美味いのじゃー!」
「ふふ。そうだねぇ」
スイーツを食べて頬をとろけさせるナトラを見て、私も頬が緩んだ。
そんな私達を見つめるクロノは、とても幸せそうに、しかしどこか切なげに……今にも泣き出しそうな表情で微笑んでいた。
「冬月夜に、聖ガブリーラの祝福を──……」
市民が呟く。すると、天空教を信仰している人達が揃って夜空を見上げた。空は吹雪に覆われて何も見えない。
「……夜空、見えないな」
私は天空教を信じているわけではないが、信じている人達にとっては、夜空が見えた方がいいんじゃないかなって。
そんな思いから呟いたら──直後、帝都に展開された結界の内側に、星が瞬く冬の夜空が広がった。これには民衆もわあっと驚愕の声を上げる。
「これでいい?」
「……もしかして、あれはクロノがやったの?」
「君が、夜空が見えないって言ったから」
本当に、今夜のクロノかなり機嫌がいいようだ。
「アミレス。あれはあくまで、兄上の魔力で夜空を真似しておるだけの偽物じゃから、安心して鑑賞するがよい!」
「そうなんだ。ありがとうクロノ。夜空、綺麗だね」
「…………」
お礼を告げたところ、クロノはそっぽを向いてしまった。その視線は偽の夜空に向けられている。
人々の歓声と蝋燭の灯りに包まれながら。私は、ナトラとクロノと共に、冷たくて透き通った冬の夜空を見上げた。
皆様に冬月夜のささやかな祝福が、降り注ぎますように。




