安息の地へ冒険を ③ 時を戻す赤き守り神
2日目、夜
「ギャオオ…」
「なぁ、あのドラゴン、人を襲わないのか?」
「見つからなければ大丈夫です」
どんどん近づく山の上で飛ぶ赤いドラゴンを、ため息を吐きながら見る。
「今日は、もう遅いし、ここで寝よう」
僕たちは、ドラゴンが眠っている時間に行くために晩御飯も食べずに早く眠った。
3日目
「みんな起きろ、もう行くぞ」
僕は、基本能力の『健康体』で睡眠不足が起こらないから、いつもすっきり起きれる。
「ん…分かりました」
ミラルは、眠そうに目を擦る。
「フブキだって、もう準備万端だぞ」
フブキは山の方を向いて、遠吠えをしている。
「だから、行くぞ」
「キャア」
眠たそうに動かない彼女に、イタズラでお姫様抱っこをしてから、下ろす。
「もう少し持っていたって……」
「何か言ったか?」
何も言ってないと顔を振っているミラルに、焼いたオレンジの果実を渡す。
「これって昨日のオレンジリンゴじゃないですか、酔ってしまいますよ?」
「『解析鑑定』の説明で、焼けば効果がなくなるって書いていたから、食べてみろ」
彼女は怪しそうにリンゴを食べる。しかし、すぐ顔を緩める。
「果肉が柔らかくて美味しいですね!しかも、本当に酔わない」
「あと3個あるから、食べたかったらいつでも言えよ」
僕たちは、早速山へ向かった。
山のふもとまで来ると、先程とは違い、山が壁のように高く見える。
「これを登るのか?」
「違いますよ、この山には、秘密の通路があるんです」
案内された通路を見ると、とても神秘的な雰囲気を醸し出していた。
右側は、自然の柱が一定間隔であり、自分たちが来た道も見えるし、とにかく広範囲が見渡せる。
左側は、人が入れそうな自然の洞窟がいっぱいあって、たまに、奥でキラッと光っている鉱石があった。
そんな道が数キロいや、数十キロ続いている。
「僕は大丈夫だけど、みんなの食料が持つかな?」
「大丈夫ですよ、この道は、1日歩けば抜けられますから」
「クン!」
そこからは雑談しながら、ただただ歩いた。そして、山を抜けるだけのはずだった。
「なあ、さっきから、景色が森しかないんだけど、こういうものか?」
「おかしいですね、景色はもう森じゃないはずなのですが」
僕たちは、首を傾げる。
「やっぱりおかしい、なにかの視線も感じる」
僕は、試しに『経験複製体』をまっすぐ走らせてみた
『経験複製体』の足音が、先の方で消えたと思ったら、後ろから聞こえてくる。
「ミラル、やっぱり僕たちループしているみたい」
「ループ?」
「何度も同じところを歩いているんだ。これじゃあ一生つかない」
「どうすれば……」
「そういえば、昨日の『ギフトガチャ』をやっていないから、回してみるよ」
僕は、ガチャの画面を開いて、ガチャを回す。
出てきたのは、初めてのレジェンダリーの基本能力『法則編集』だった。
説明ではこう書かれていた。
『世界のルール・異能力など、触れられない事象的なものを一時的に自由に変えられる。1日に5回まで』
またチート能力が来た。
しかも、これで、基本能力と異能力の違いが何となくわかってきた。
この世界ではあまり違いがないように言われているが、僕はこう考えた。
(概念や自分に向かって使うのが基本能力で、物理的や他人を巻き込んで使うのが異能力なのでは)
…余談はここまでにして、ミラルに合図を教える。
「いいか、僕が行けといったら、異能力を使ってでもいいから、思いっきり走れ」
「僕の基本能力『法則編集』で、一時的にループを解除するから、そのうちにフブキと一緒に逃げろ」
「でも、ユウキさんは?」
「僕は、その後にすぐ追いつくから安心して走れ、原因を解決してくる」
不安そうにこちらを見るミラルに、今の僕ができる1番いい笑顔をして見送ろうとする。
「じゃあいくぞ」
『法則編集』発動!
「行け!」
「はい」
『瞬間加速・神』を発動させた彼女は、すぐ見えなくなった。
『法則編集』の効果が切れたと感じると、頭の中に声が聞こえてくる。
(貴様は何者だ)
それだけ聴こえると、僕はいつの間にかあった底の見えない穴に落ちる。
「なんだぁ!」
落ちながら、深く考えると、あることを思い出す。
「そうだ、『ギフトガチャ』を!」
風で顔にかかる服を手で押えて、急いで今日の分のガチャを引く。
僕は、その能力を発動させる。
ドーン
「さすがにやれたか」
「いいや、まだ生き……ええ!」
「なに!なぜ生きている」
目が合う2人、というか1人と1匹のどちらも驚く。
「やっぱり、貴様は何者だ!」
「それは、こっちのセリフだ、なんでドラゴンが喋っているんだ!」
さっきまで、空で飛んでいた赤いドラゴンが今目の前にいる。
「もう我の手で潰してやる」
ドラゴンの硬そうな黒い爪と赤い鱗が迫ってくる。
「ちょっと待って、僕は何もしてな…」
急いで能力を発動させて、ガードするだけのはずだったが、逆にドラゴンの爪が割れてしまった。
「なんて硬さだ」
ドラゴンが戸惑うのも必然だった。僕も驚いているから。
僕が使った能力は、『ギフトガチャ』で出たウルトラレアの異能力『硬質化・超』であった。説明では
『肌や肌に触れているものを極限まで固くできる。この守りをやぶれるのは、同じウルトラレア以上の異能力のみ』
と書かれている。
「話を聞いて欲しいが、まずはこちらからも1発殴らせて欲しいな!」
僕は、そう言うと、鍛え上げた脚力で飛び、手だけ硬質化して殴ろうとした、はずだった。
飛んだはずなのに、景色はまだ地面から離れる前、手も硬質化していない。
「驚いただろう、それは、我の異能力だ。」
勝手に『解析鑑定』すると、驚きで口が塞がない。
レジェンダリーの異能力、しかも、同じレジェンダリーでは太刀打ちできないほど上位のもの。
能力の名前は『巻き戻し』、説明にはこう書かれている。
『目で見えるものを数秒から半年前まで戻せる。連続使用あり』
僕は、勝つ算段ができるまで、とにかく攻めようとした。
「殴ろうとしても、蹴ろうとしても、すぐ戻される。流石ですね、古き神殿の守り神クロノ・リワインドさん」
「なぜ我の2つ名を知っている」
「なんでかって、『解析鑑定』があるからに決まっているだろ」
「それは分かっている。だが、それでは名前ぐらいしか分からないはずだ。もしかして貴様……いや、実力で聞こう」
何回も、繰り返されるように『巻き戻し』をされていたが、とうとうクロノが動く。
「なに!」
戻されたところにクロノが横から殴りを入れてくる。
「ギリギリ硬質化が間に合ったけど、これじゃあ埒が明かない」
『巻き戻し』の説明を思い出し、対策を考える。
「あれしかない」
1つだけ策を考え実行する。
「グハァ」
自分の10倍以上はあるドラゴンが背中を蹴られよろめく。
「誰だ」
「僕ですよ」
僕は、上がっていくステータスを見ながらそう答える。
「貴様はさっきからそこにいるではないか」
「僕じゃないですよ、僕の異能力があなたを殴ったんです」
何を言っているんだという顔をしているクロノの腹に僕が拳を入れる。
「グハァ」
今度は仰向けに倒れる。腹の鱗はボロボロだ。
異能力の正体は『経験複製体』だった。でも、ただの僕の分身だったら、ドラゴンの鱗は割れない。
この間言った。唯一の弱点として説明した。『経験複製体を使用すると、本体に疲労が肩代わりされる』というのには、ある意図があった。
意図とは、『経験複製体』をどのように使っても、僕には、それ相応の疲労しか来ないということだ。
だから僕は、『経験複製体』に筋繊維が全てちぎれるほどに限界突破してもらい、移動、蹴り、殴りをしてもらった。
でも、『経験複製体』には、なんも負傷は無いし、ステータスはものすごい勢いで増えていき、僕は、疲れて倒れそうになっているが、痩せ我慢をしている。
「見えない異能力で、我を倒す程の力」
クロノは起きながらそう口にする。
「さすがに1000年無敗のあなたでも、これは負けと認めますね?」
僕は、手を構えながら『解析鑑定』で得た情報を元に皮肉を言う。
「やはり貴様は、いや、あなた様は『勇者』様ですね?」
僕は、やや驚きながらどうしてそう考えたか聞く。
「『解析鑑定』は元々、あやふやにしか見れないハズレ能力と思われがちですが、その本領は、ある基本能力がなきゃ発揮できません」
「その基本能力とは?」
「それは……すみません、上からで、今同じ目線に……それで」
「待ってストップ!クロノさん女性だったんですか!あと服着て!」
僕は、話を遮り後ろを向きながらお願いをする。
「あら、すみません、人間は服を着なきゃいけないんですよね」
彼女は、ウフフと上品に笑うと、今まで戦っていた闘技場を出て、昔の赤毛の貴族婦人のような服を着てから戻ってくる。
「それで、もうわかってると思いますが、その能力とは『簡単表示操作』です」
「『解析鑑定』で情報化し、『簡単表示操作』で文字にする。それがこの2つの能力の本領発揮です」
なんともわかりやすい説明を言ってもらったが、ひとつ疑問が残る。
「それと勇者の関係は?」
「我は創造神と凄い昔に面識があります。その時、我も、『巻き戻し』になる前の『夢未来』の相談をしている時に言われました」
(あやふや『夢未来』をはっきりするには、我の作った『簡単表示操作』を使えば1発だが、我は、これを勇者に渡す。君には必要ないだろう?)
クロノに、神との昔の記憶を頭の中で見せられた。
「我は思ったのだ、『夢未来』と本質は似ている『解析鑑定』にも、同じことが言えるのではと」
「クロノさんのその考察はあっています。確かに、僕は勇者の称号を持っています」
「でも、召喚した国に追放されたので、今後、勇者として活動することはありません」
「勇者様がそう言っても、世界は待ってくれません。いずれ、魔王が復活して、あなたは動きます」
そう言い切られると、僕は何も言えなくなった。
「そういえば、誰か一緒にいませんでした?」
「……ミラル!なぁ、ここらどうやって抜け出す」
「そんな必要は無いです。我が送って差し上げます」
クロノは、服を脱ぎドラゴンに戻ると僕を背中に乗せてくれた。
「行きますわよ」
羽ばたいて頂上の穴から抜け出す。
「まだ太陽が同じ位置にある」
「古き神殿は、我の能力によって、時が動いてないのです」
へぇー、と思いつつ、雲の隙間から、山の方を見ているミラルを発見する。
「あそこです」
指を指すと、クロノはその方向へ急降下した。
「ミラルー、上だー。」
ミラルは、ドラゴンにびっくりして、木の影に隠れる。
僕は地面に着地したら、彼女の方に向かい…
「ただいま」
「やっと帰ってきました……」
ミラルは、僕のことを見た途端、ほっとしたのか泣き出した。
泣き止むと、僕の後ろを指さして言う。
「あれはなんですか?」
「我の名前はクロノ・リワインド、勇者様一行を目的地まで送ってあげましょう」
「目的地までとは聞いていないんだが」
僕は、軽くツッコミを入れると、早速ミラルの手を引き、ドラゴンに乗って、目的地の方向を指さした。
「これなら、数時間後、いや数十分で着きますよ!」
「よし、行くぞ!」
僕は、そういうと、緊張が無くなったのか、ミラルの方に背中を倒して眠ってしまった。