招待状
シャーロットの部屋に、家族が集まることが増えた。
デイビッドはまだその中には混ざらないが、アンドリューとカミラ、そしてグレースは毎日のように入り浸り、父オースティンも仕事がなければ部屋を訪れた。
オリビアも、できる限り娘のそばにいた。それでも、勉強の時間をおろそかにはしない。
公爵家のために。その意識は娘を産んでもなお消えていなかった。
「シャーロット」
オリビアは腕の中の娘を見る。
「ほら、見て」
少し傾けて、花壇を見せた。
「綺麗なお花ね」
「きゃうっ」
シャーロットはそれに答えるように、甲高い声をあげる。
「シャーロットも、お花が好きになってくれるかな」
「あーう」
小さな手を花に伸ばす娘に微笑んでいると、
「オリビア姉さま!」
グレースが駆け寄ってきた。
「シャーロットもいるのですね!」
「えぇ。機嫌がよかったので、お散歩に」
オリビアが頷く横で、グレースはさっそくシャーロットに目を移す。
「シャーロット、いい子ですね」
差し出された手に、シャーロットはご機嫌に手を伸ばした。
「今日はお日さまが気持ちいいですから、シャーロットの散歩にはいい日よりですね」
「そうですね。シャーロットも落ち着いていて」
生まれたばかりのシャーロットには、その視界に映る全てのものが物珍しいらしい。
なんでも触っては口に入れようとするから、危なくて目が離せないと乳母が言っていた。
「オリビア、ここにいたの」
そこへ、カミラも歩いてきた。
「お父様からお呼び出しよ」
「まぁ、お父様が?」
父がオリビアを呼ぶなんて珍しい。
シャーロットを乳母に預けようとすると、
「連れていってもいいんじゃないかしら。お父様も、しばらくシャーロットを見ていないでしょう」
「……そうですね。では、一緒に行きますわ」
そう言って、オリビアは歩き出す。その後ろを、カミラとグレースもついてくる。どうやら一緒に行くらしい。
「お父様、オリビアです。失礼いたします」
父の執務室の扉を叩き、そう告げる。そして、返事を待たずに部屋を開けた。
この部屋は防音が重視されており、父の返事も聞こえないからだ。
執務室内には、2人の兄もいた。
「座りなさい」
父の低い声で言われ、オリビアはシャーロットを乳母に渡して、ソファに座る。
「シャーロットの機嫌はどうかな」
アンドリューが、オリビアの後ろに立った乳母の腕に目を向ける。
「今日はいいみたいです。さきほどまで庭園を散歩していました」
「よかった。あとで抱っこしてあげようか」
アンドリューの微笑みを見て、オリビアは父に視線を移す。
「……」
父の視線が、一瞬だけ揺らいだ。その一瞬を、オリビアは見逃さなかった。
「お前に招待状が届いた」
「招待状……パーティーの、ですか?」
すぐに記憶の中で勉強の内容と結びつける。
「もうすぐ第二王子の誕生日だからね。その日に盛大なパーティーが開かれるんだ」
アンドリューの説明で理解できた。
「第二王子殿下のお誕生日パーティーに、わたしが参加する、ということですか?」
「……必須ではない」
父の言葉は少ない。その中から予測することも、癖になっていた。
足りない部分は、父を補佐することでそれに慣れている兄が補ってくれる。
「父上は、オリビアの好きにしていいと思っていらっしゃるんだ。行きたければ招待を受けるし、そうでなければ理由をつけて断ればいいからね」
王家からの招待を断るなんてことができるのだろうか。家庭教師からは、ほとんど禁忌として教わった。
「お父様やお兄様から見て、わたしはそのパーティーに参加する資格があると思いますか?」
不安だったから、そのままの気持ちで尋ねた。
「我が家では、社交界デビューを15歳だと決めている。オリビアはもう15歳だし、今まではシャーロットのことも考えて断ってきたけど、落ち着いてきているし、問題ないから提案したんだよ」
父と兄が相談した結果、こうしてオリビアに話が回ってきたらしい。
それなら、断る理由はない。もちろん不安がないわけではないが、公爵家の人間になると決めた以上、これは避けられないのだから。
「わかりました。お受けしてください」
だから、オリビアは頷いた。真っ直ぐにその目を向けた父は、少し間を置いて頷いた。
「おめでとうございます、オリビア姉さま」
「急いでドレスを仕立てなければ。仕立屋を呼びますわ」
グレースからの祝福の言葉に、カミラの予定を組む言葉。
人生で初めてのパーティー。そのためのマナーを教わってきたとはいえ、やっぱり不安。
どうか失敗しませんように。そう祈ることしかできなかった。
「お綺麗ですわ、オリビア姉さま」
グレースが両手を口元で合わせる。
この日のために新調された綺麗なドレスは、オリビアにぴったりだった。
パステルパープルのふわりとふくらんだドレス。
淡い色の染め物だけで高価で、それをさらに様々に装飾しているのだから……。
なんて、値段を考えるのは、とうに諦めていた。
家族に恥をかかせないため。そう考えたら、我慢できた。
「お嬢様のおぐしは、公爵様に似てとてもお綺麗ですね」
クララの笑顔に、オリビアも微笑む。
「お姉様、楽しんでいらしてくださいね。シャーロットのことは、わたしにお任せになって」
「ありがとうございます」
15歳になっていないグレースはもちろん、乳母もいる。心配することはない。
「シャーロット、いい子にね」
ぐっすり眠っている娘にそっと呼びかけ、オリビアは椅子から立ち上がった。
「お待たせいたしました」
エントランスに集まっていた家族のもとに歩み寄ると、
「かわいいね、オリビア。見違えたよ」
と、まずはアンドリューが笑顔を見せてくれた。
「私が選んだのですもの。これくらい当然ですわ」
得意気な姉の笑顔も嬉しい。
父と次兄は特に反応しないが、一応こちらを見てくれた。
これで十分。オリビアも微笑んだ。