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シャーロット

 

 数ヶ月後、オリビアは女の子を出産した。


 シャーロットと名付けられた女の子は、その誕生を喜ぶ者たちから祝福された。




「シャーロット」


 ゆりかごの中で眠るシャーロットに、グレースがそっと声をかける。


 指先で柔らかい頬をツンと刺し、「ふふ」と笑った。


「かわいい……」


「あんまり触らないの。起きるわ」


 その隣で、妹を注意するカミラも、その目は穏やかな寝顔へ向いていた。


「オリビア、身体は大丈夫?」


 ベッドに座ったオリビアに、兄のアンドリューが声をかける。


「大丈夫です」


 オリビアはそっと答えた。


「お父様は、お仕事ですか?」


「そうだよ。皇帝陛下に呼ばれたみたいでね」


 オリビアが産気づいた時、父は急いで帰ってきたらしい。


 それから一日以上、無事だという知らせを受け取るまで一睡もしなかったと聞いた。


 出産のとき男性がそばにいることはできないが、後からそれを聞いたオリビアは、父に心配かけた詫びを述べた。


「シャーロットの名前をくださったこと、あと、乳母を手配してくださったことへのお礼を申し上げたいのですが」


「気にしなくていいのに。帰ってきたらここに来るはずだから、その時に伝えたらどうかな」


 妊娠中の教育のおかげで、オリビアもある程度貴族のマナーを心得てきた。


 身体が回復すれば、また勉強が再開される。その時が楽しみだった。


「ふにゃ、ふぁあああ……」


 その時、シャーロットの泣き声が聞こえてきた。


「あぁ……グレースのせいで起きちゃったじゃないの」


「まぁ、カミラ姉さまが触った時に起きたのですよ」


「こらこら、2人とも」


 さっそく言い争う姉妹の仲裁に入るアンドリューを見ながら、オリビアはゆりかごに歩み寄って娘を抱き上げる。


 小さい。しかし、重い。これが命の重み。そして、これが命の温もり。


「泣かないで」


 オリビアが小さな声で言い聞かせると、シャーロットはぴたりと泣き止んだ。


「いい子ね」


「まぁ、すごいですわ、オリビア姉さま。お母様とわかるのでしょうか」


 グレースが駆け寄ってきて、またシャーロットの顔を覗き込む。


「まだ歩き回ってはダメでしょう。早くベッドに戻りなさい」


 オリビアの身体を心配してくれるカミラに


「ありがとうございます、お姉様。シャーロットが眠ったら戻りますわ」


 と答える。


「公爵様がお戻りになられました」


 メイドの声に、全員がハッと振り返った。


「おかえりなさいませ」


 部屋に入ってきた公爵に、それぞれ礼をする。


 その中で、公爵はまっすぐにオリビアの元に歩いてきた。


「動いていいのか」


「はい。だいぶ回復しました」


「そうか」


 オリビアに向いていた視線が、すっと落ちる。それを見たオリビアは、


「シャーロットを抱いていただけますか?」


 そう尋ねてみた。


 そして、父の手に、そっと娘を渡す。


「んぁ、あぁぁぁぁ……」


 抱く人が変わったとわかったのか、シャーロットが不満そうに泣き出す。


「お父様はお顔が怖いので、シャーロットが怯えているのですわ。わたくしに抱かせてくださいませ」


 それを見て、カミラがハッと駆け寄る。


「まぁ、カミラ姉さまは乱暴なので危険です。グレースが抱っこいたしますわ」


 父から半ば奪うようにシャーロットを受け取ったカミラに、グレースが慌てる。


「2人とも、取り合うのは危険だよ。僕が抱くから、見ていた方が」


 その2人を仲裁するアンドリュー。


 仲のいいきょうだいたちの姿を見ながら、オリビアは微笑んでいた。


「シャーロットに名前をいただき、ありがとうございました」


 隣に立つ父に、そう伝える。


「それに、乳母まで」


「……当然のつとめだ」


 あくまで貴族家の当主として当然の仕事をしたまでだと、父は言う。


 しかし、少し勉強して賢くなったオリビアにはわかる。


 一連の公爵の行動は、オリビアとシャーロットをコープランド公爵家の一員として認めると、対外的に示すものだった。


 それがどんなに嬉しかったか。ますますこの家のために、父のために働きたいと感じる。


「お父様」


 すっと父を向き直る。改まった行動に、父は黙って視線を向けた。


「わたしが使えると思われた時は、どうぞ迷わずお使いください」


 勉強してわかった。


 自分に医者になれるほどの学はない。できることも、きっと少ない。


 それでも、役に立てる場合がある。女であることに、その価値がある。


 もちろん、純潔を重視する貴族たちの間で、彼女にどれだけの価値があるかわからない。


 それでも、使える駒は多い方がいい。


「……考えておく」


 父は低い声でそれだけを言った。


 幼い恋心は、もう過去のもの。ここに来て、持ち続ける意味はない。


 彼は、なにものにも代えられない大切なものを残してくれた。


 これだけでいい。これ以上を望んではいけない。


 彼の幸せを願いながら、自分たちも幸せになればいい。


 幸いここには、彼を知らない人間たちしかいないのから。




「それでは、本日の授業はここまでといたします」


「ありがとうございました」


 父がつけてくれた家庭教師の授業を終え、オリビアは娘の部屋へ向かう。


 勉強をするのも楽しいが、娘の顔を見る瞬間は何よりも嬉しい。


 乳母をつけてもらってはいるものの、彼女に任せきりにはしない。


 まだ産まれたばかりの小さな娘に、母親の存在を認識してもらえるように。


 時間があれば、娘の部屋を訪れた。


 ふと、庭園のそばを通る。


 たくさんの手入れされた花々がある中で、オリビアの目を奪ったのはたったひとつ。


 花壇からはみだしたところに、季節外れの小さな花があった。


 黄色い花弁をたくさんつけた花に、ふっと頬を緩める。


 それは、彼との思い出の花だった。


「お嬢様?」


 メイドの声には答えず、そっと歩み寄ると、その花に手を伸ばす。


 しかし、摘むことはできなかった。このままでいい。あとで娘に見せてあげよう。


「なんでもないわ」


 オリビアはそう答えて、再び歩き出す。


 ようやく部屋が見えてきた。


 扉の前に立つと、そこにいたメイドがさっと開けてくれる。


「あ……」


 ベビーベッドのそばに座る、ひとりの男性と目が合った。


 彼はオリビアの姿を見てばつが悪そうに視線を逸らす。


 オリビアは、そのままベビーベッドを見る。そこには、嬉しそうに手を伸ばす娘と、その手の先にある小さなおもちゃが。


「シャーロットと遊んでくださっていたのですか?」


 オリビアに対して冷たい目を向け続けていた、次兄デイビッド。


 しかし、その手には、シャーロットが気に入っている音の出るおもちゃを持つ。


 シャーロットの様子からも、遊び相手をしていたことは明白だ。


「デイビッド伯父様に遊んでもらったのね。よかったね、シャーロット」


「あぅっ!」


 甲高い声で歓声をあげる娘に、オリビアは微笑む。


「おいで」


 ベッドから抱き上げ、オリビアは兄を振り返る。


「シャーロットを抱っこしてあげてくれませんか?」


「……いいのか?」


 デイビッドは不思議そうだった。


「もちろん。シャーロットの伯父様なのですから」


 オリビアが笑顔で頷けば、彼は少し戸惑いながら、その手にシャーロットを受け入れる。


 シャーロットは泣かず、ただじっとその顔を見つめていた。


 遊んでくれていた人だとわかっているのだろうか。


「いい子ね、シャーロット」


 オリビアは娘ににっこりと微笑んでみせた。


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