姉妹
「お嬢様、お身体を冷やさないように、ブランケットをお使いください」
「ありがとうございます」
メイドのクララが優しく声をかけて足にブランケットをかけてくれる。
メイドたちがすすめてくれた本を読み、気晴らしに散歩するだけの毎日。
穏やかだった。今まででは考えられないほどに。
食事はほとんど喉を通らないが、諦めずに食べ物を持ってきてくれるメイドたちの優しさが嬉しい。
その中で少しでも食べられれば、彼女たちも一緒に喜んでくれる。
そんな幸せな環境で、彼女はようやく一息をつけた。
そんな時、コンコンと扉をノックする音が響いた。
メイドがさっと反応し、扉を開ける。
「お姉さまにお会いしたいのだけど」
「少々お待ちください」
メイドが答え、振り返る。
「グレースお嬢様がお越しです」
妊娠がわかって以来会っていない。どうしたのだろう。
「お通ししてください」
静かにそう告げると、そのメイドは扉を開ける。
「オリビア姉さま、ごきげんよう」
グレースは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お聞きしましたわ。ご懐妊とか」
「あ……はい」
「おめでとうございます!」
両手を取って、はしゃぐような大きな声に、オリビアは驚く。
「きっと元気な赤ちゃんを産んでくださいね。わたし、男の子でも女の子でもかわいがりますわ」
楽しそうなその顔は、まだまだ幼くて。
「赤ちゃんに話しかけてもいいですか?」
「は、はい」
戸惑うオリビアを置いて、許しを得たグレースは、オリビアのお腹に手を添えた。
「赤ちゃん、お姉さまを困らせないでね。いい子に生まれてきてね。早く一緒に遊べるといいわね」
優しく撫でるその手は、温かい。
「お、お待ちください!」
その時、廊下から声が聞こえてきた。
「どうかしたのかしら」
グレースが立ち上がった時。扉が勢いよく開けられる。
「入るわよ」
「お、お姉さま!」
グレースの驚く声。オリビアは慌ててその場に立つ。
そこにいたのは、グレースの姉で、この家の長女だったから。
「妊娠したって聞いたけど」
目じりが吊り上がっている。怖い。
「は、い……」
震える声で、それでも守るようにお腹に手を置いて、うなずく。
「産むつもり?」
反対されているのだろうか。
確かに、彼女にとって自分は突然入り込んできた異物。
それがさらに異物を増やすというのだから、反対する気持ちもわからなくはない。
しかし、このままではいけない。この子を守っていけない。
その気持ちだけで、なんとか持ち直す。
首を振ることも、かといって頷くこともなく、ただ真っ直ぐに彼女の目を見た。
「……父親は?」
ぐっと、喉の奥が鳴りそうだった。
「言えないような人の子なら、その子は産むべきじゃないわ」
反応できなかったオリビアに、畳みかけるように告げる彼女の言葉は、どこか優しくて。
「カミラ」
そんな彼女に、後ろから声をかける人物。
いつの間にか小公爵が入ってきていた。
「言いすぎだよ」
「お兄様は黙っていらして」
オリビアを庇おうとする小公爵に、カミラは冷たく言い放つ。
「オリビア」
カミラに名前を呼ばれ、オリビアはびくっと肩を跳ねさせて彼女を見る。
「ここは公爵家。お父様があなたを娘として引き取ると決めた以上、あなたを傷つける人間は入らないわ」
その声は、強く芯が通っていた。
「でも、社交界はそんな簡単なものじゃない。公爵家が守るといっても、あなたを傷つける人間はいるの。そういう人たちにつけいる隙を与えないほうがいい」
「……赤ちゃんが、わたしの弱点になるのですか?」
「そうね」
震える声で尋ねたオリビアに答えたその言葉に、迷いはなかった。
公爵家でも強い発言力を持つらしい彼女に、どうやって納得してもらうか。
なんて考えても、わかるはずがない。
オリビアはまだ14歳の少女なのだ。
「それでも、わたしはこの子に会いたいです」
そう考えたオリビアは、真っ直ぐな目でカミラに訴えた。
「父親が誰かなんて関係ない。わたしが、この子に会いたいんです」
オリビアの紫色の瞳を見つめたカミラの瞳に、ふっと優しい光が宿る。
「随分勝手ね」
「……お邪魔なら出て行きます。公爵様が14年分の慰謝料を支払ってくだされば」
未だにその態度は崩していない。ここでなら、と思ったが、公爵家の人間に疎まれるのであれば、きっと出て行った方が子どものためにもいい。
「お父様」
そんな頑ななオリビアに、カミラが告げた。
「……?」
「この家にいたいのなら、そう呼びなさい」
そう告げて、カミラは踵を返す。
「お姉さま」
「グレース、あなたはお喋りがすぎるわ。静かにしないと、お腹の子が驚いてしまうわよ」
「……お姉さまこそ」
グレースがニコリと笑う。
「素直におめでとうと仰ればよろしいのに。言葉が足りなくていらっしゃるのでは?」
その目は、どこか挑戦的だった。
「はいはい、そこまでに」
そんな姉妹の間に、小公爵が入る。
「オリビア、騒がしくして悪かったね」
「いえ……」
「呼び方は慣れてきてからでいいから。焦らないでね」
「ちょっとお兄様」
まだ文句を言うカミラの背中を押し、小公爵は出て行った。
「オリビア姉さま、大丈夫ですか?」
「……え?」
グレースが顔を覗き込んでくる。
「カミラ姉さまのことは気にしないでくださいね」
「あ、いえ、大丈夫です」
きっと悪い人ではない。ただ、よくわからない人だった。
でも、産まれてくる子どもを害する人ではない気がする。
だから、警戒することはしなかった。