第五話 死神の家(一)
「こちらがお屋敷になります」
五木に連れられて来た先は、志乃の住む街よりも東の、小高い山に囲まれた地域だった。
この辺りは家もまばらで、少し寂しい印象を受ける。
「こちらが入り口です」
すると五木が急に腰をかがめ、低い木の戸を開いた。
「え? ここ?」
志乃はギョッとするとまじまじと辺りを伺う。
竹がうっそうと茂る林は、まるでこの奥にあるものを隠すかのようだ。
五木が戸を開かなければ、ここに入り口があることすら、わからなかっただろう。
戸惑う志乃をそのままに、五木はさっさと中へと入ってしまった。
志乃はもう一度辺りをじっくりと見まわした。
表には表札も出ておらず、この奥に家があるのかも、誰が住んでいるのかも、外の人からは皆目見当がつかない。
「本当に死神が住んでいそうな所……」
ぶるっと背すじに寒気を感じ、志乃は両手で自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
そして勇気を出し「ギギッ」と音のする戸を開いた。
「志乃様、こちらへ」
すると少し先の方から五木の声が聞こえる。
「は、はい」
志乃は緊張した声を出すと、意を決して一歩足を進めた。
でも敷地内に入った志乃は、中の様子を見て途端に目を丸くする。
ただ竹藪が続いているのかと思っていた先には、立派な庭園が広がり、鯉の泳ぐたいそう大きな池まであるではないか。
そして目線を上げると、背後を竹林に囲まれるように、趣のある落ち着いたお屋敷が建っていた。
お屋敷は一見地味に見えるが、志乃から見ても由緒正しきお屋敷だとわかるほど荘厳で、職人が時間をかけて丁寧に仕事をしたことがわかる建物だった。
志乃は庭に敷かれた砂利道を、下駄で踏みしめるように進む。
そうして、ようやく玄関の引き戸の前まで来ると、そっと首を伸ばして開いた隙間から中を覗き込んだ。
風通しの良い廊下は、掃除が行き届いているのか黒く光っており、清々しさを感じさせた。
それにしてもこんなに大きなお屋敷なのに、中はしーんと静まり返って物音ひとつしない。
「誰もいないのかしら?」
さらにぐっと首を伸ばした志乃は、突然背後に人影を感じてビクッと飛び跳ねてしまった。
「志乃様、どうされたのですか?」
「きゃっ……痛たたた……」
五木の声にドキリとした志乃は、思わず飛び跳ねて頭をぶつけてしまった。
こっそり覗いていたところを見られるとは、なんて恥ずかしい。
すると五木は、フォッフォッフォッと怪しく笑いながら、志乃の荷物を持って、さっさと部屋にあがっていく。
「も、もう……五木さんが死神なんじゃないの……!?」
志乃は止まりそうになった心臓を押さえて落ち着かせると、五木について中へと入った。
「こちらが炊事場、その奥が風呂場。廊下を曲がった突き当り、右側が志乃様のお部屋、その向かいの左側が、旦那様のお部屋になっております」
志乃は案内されるまま、そっと開けられた障子から中を覗き込む。
死神の部屋はどうも書斎も兼ねているようで、舶来品であろう細工にこだわった脚の長い豪華な机と椅子が一番に目についた。
机の上には、何やら難しそうな本と新聞が並べられている。
「あの、旦那様は……いつも何時くらいにお戻りになるのですか?」
志乃はどぎまぎとしながら声を出す。
まだ顔も、名前も知らない旦那様。
初対面はきっと心臓が飛び出そうになるだろう。
すると頬を赤める志乃と正反対に、五木は「はて?」と眉間に皺を寄せながら、何度も首を傾げた。
「そうですなぁ。前回帰って来られたのは、ひと月ほど前でしたでしょうか?」
「ひ、ひと月!? 旦那様は、他にも家をお持ちなのですか!?」
志乃は驚いて素っ頓狂な声を上げる。
「家というか、事務所に泊まられることも度々ございます。出張も多ございますので、志乃様がお顔を会わせるのも、いつになることやら」
五木は楽しそうにフォッフォッと笑うと、奥の部屋へと消えて行った。
「旦那様は、何をされている方なのかしら……」
小さく首を傾げた志乃は、慌てて顔をぷるぷると振る。
死神への余計な詮索は不要だ。
むしろ会わない方が好都合ではないか。
こちらは妻として与えられた家の事をこなし、母と妹たちに必要なお金をわたせればいいだけのこと。
志乃は、そう自分自身に言い聞かせると、ぐっと強くうなずいた。