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第四話 突然の嫁入り(二)

「お姉たん、このクッキー美味しいね」


 藤がクッキーの粉を口の周りいっぱいにつけながら、満面の笑みをこぼす。


 志乃は藤の口元を布巾で拭った後、自分の前に取り分けられたクッキーを藤と華の皿にのせた。



 五木が消えるようにいなくなった後、どうも志乃は放心状態で板張りの床にへたり込んでいたようだった。


 学校から帰ってきた華と藤に、肩を揺すられるまで気がつかなかったのだ。



「お姉ちゃんは食べないの?」


 華も久しぶりに食べるクッキーに、頬をほころばせている。


「お姉ちゃんはいいから、二人でたんとおあがり」


 志乃はそう言うと、きゃっきゃと声を出しながら、ほほ笑み合う二人に笑顔を見せた。



 このクッキーは、五木が手土産にと持ってきたものだ。


 クッキーはブリキの馬車の形をした缶に入っており、珍しいその缶を見た瞬間、妹たちは歓喜の声を上げていた。


 その様子を見て、ここ最近二人が食べたいお菓子も欲しいと言わなくなっていたのは、我慢してのことだと初めてわかった。



 そして二人は、この珍しい缶に入ったお菓子を持って来てくれた老人が、志乃に何を話したかは一切知らない。


「そろそろ、夕ご飯の準備をしなくちゃね」


 志乃はわざと明るい声でそう言うと、いそいそと土間に下りた。


 鼻歌を歌うように割烹着(かっぽうぎ)を羽織った志乃は、そっと茶の間の様子を伺う。



 藤はまだ幼いが、華はなかなか繊細で、ちょっとした変化にも目ざとく気がつく子だ。


 ヘタに志乃が暗い顔をしたら、何かあったのではと、心配することは目に見えている。



「ちょっとそこまで、お豆腐買ってくるね」


 志乃は空の鍋を手に持つと、再び元気いっぱいに声をかけた。


「いってらっしゃーい」


 上機嫌な声を出す二人の声を背中で聞きながら、志乃は玄関の引き戸をぐっと開く。


 そのまま後ろ手で戸を閉じると、その場にうずくまるようにしゃがみ込んだ。



 二人があんなにも、子どもらしい笑顔を見せるのは久しぶりだ。


 母が(とこ)にふせってからというもの、妹たちは幼いなりに、志乃を支えようとしてくれていたのだと思う。


 志乃の心はぎゅっと掴まれたように苦しくなる。


 五木の話を受け、お嫁に行くことを了承すれば、これからも二人の妹たちには苦労をかけずにすむだろう。


 いつでも美味しいものを食べることができ、安心した日常を送ることができる。


 でも……。


 志乃は顔を上げると、海をオレンジ色に染める夕日を見つめた。



「うまい話なんて、あるはずがなかったのよ」


 志乃はぽつりと声を出す。


 志乃を嫁にと言ってきた相手は、死神だった。


 母や妹への援助の資金は、いわば死神に命を差し出すことへの見返りか。



 しばらくぼんやりと夕日を眺めていた志乃は、ふうと大きく息を吐ききる。


 そして固く口を結ぶと立ち上がった。


 悩んだところで自分が選ぶ道は一つしかない。



 ――たとえ相手が死神だったとしても……。



 そう思った途端、急におかしな気持ちになってくる。


 志乃はくすくすと肩を揺らすと、拳をぎゅっと握り締めた。


 死神の元だろうが何だろうが、行ってやろうじゃないか。


 そちらがその気なら、こちらはとことん死神を利用させてもらうまで。


 それで母に心置きなく療養させることができ、妹たちに安心した暮らしをさせてやれるのなら。



 そして五日後、志乃は死神の元へ嫁ぐことを五木に申し出たのだ。


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