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第三十八話 風がはこんだ奇跡(一)

 志乃は息を上げながら、急斜面に設けられた、石造りの階段を上っていく。


 前を行く花奏は、時折振り返っては、志乃の様子を気にかけてくれた。



 この辺りは山を切り開いた急斜面に、家が建ち並ぶ地域だ。


 下に広がる平地に軍の主要な施設が建設されたため、その周囲を取り囲む急斜面に住居が建てられた。


 新たに移り住んできた軍の関係者の邸宅も多く、とてもモダンな装いをしているお屋敷が目立つ。


 志乃は花奏に手を引かれながら、豪華な門構えの家の横を通り過ぎた。



 目が回りそうなほど続く階段を一段一段踏みしめて、やっとのことで上りきると、途端に目の前に開けた場所が広がる。


 背に風を受けながら細い通りを進み見えてきたのは、まるで高台から海をのぞむように建てられたお墓の数々だった。



「まぁ、もしかして。ここに斎宮司家のお墓が……?」


 見上げた志乃の声に静かにうなずくと、花奏はそのまま足を進める。


 そして、いくつか建ち並ぶ墓の前をすぎた突き当りで足を止めた。


 見ると敷地の真ん中には大きな墓石が置かれており、その周りには所狭しと小さな墓石がいくつも置かれている。


「皆、ここに眠っておる」


 花奏の低い言葉に、志乃は深くうなずく。


 そして腰をかがめ膝をつくと、目を閉じて静かに手を合わせた。



 香織や花奏の両親、そして花奏が看取ってきた人たちが眠る場所。


 今の花奏があるのは、この人たちがいたからだ。


 志乃は心を込めて祈りを捧げ、しばらくして顔を上げる。


 花奏はじっと、墓石に彫られた文字を見つめていた。



「葬式をあげる度、ここに来るのが辛くてたまらなかった。増える墓石を見る度に、胸が張り裂けそうな思いに襲われた」


「旦那様……」


 志乃は立ち上がると花奏の手をぎゅっと握る。


「俺はこの者たちを忘れたことがない。忘れることが怖かったのだ……」


 花奏はそう言いながら志乃を振り返る。


「でも不思議なのだ。いつからか、ふと忘れている瞬間があることに気がついた。香織の箏の音を、思い出せぬのと同じように……」


 眉を下げる花奏に、志乃はにっこりとほほ笑んだ。


「それで良いのです」


「良い?」


「たとえ日常では忘れていても、こうしてふと思い出す日があれば、それで良いのだと、私は思います」


 志乃の言葉に、花奏ははっと目を丸くしてから静かにほほ笑む。


「そうだな。志乃の言うとおりだ」


 花奏はそう言うと志乃の手を優しく握り返した。



 二人が手を繋いだまま墓の前を離れると、港の方から船の大きな汽笛が聞こえてくる。


 音のする方へ足を向けると、一面に海が見渡せる場所に出た。


 ゆっくりと傾きだした日は、夕凪の海を次第に橙色(だいだいいろ)に染めている。


 すると花奏が「そうであった……」と何かを思い出すように声を出し、懐から細長い小箱を取り出した。


「これを志乃に……」


 そっと小箱の蓋を開いた花奏の手元を覗き込んだ志乃は、はっと目を丸くする。


 そこには深い金色(こんじき)に輝く、かんざしが入っていた。



「だ、旦那様……これは……?」


 志乃が大きく見開いた瞳を向けると、花奏は嬉しそうにほほ笑んだ。


「先程、志乃を待っている時に求めたのだ。今まで色々あり、ろくに贈り物もしていなかったと気がついてな」


 照れたように頭に手をやる花奏に、志乃は身を乗り出す。


「そんな! 私は旦那様から、十分すぎるほど色々なものを頂戴していますのに……」


 眉を下げる志乃に首を振ると、花奏はかんざしを箱から取り出し、志乃の手にそっとのせる。


 志乃は瞳を潤ませながら、大切そうに両手で持ったかんざしを目の前に掲げた。


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