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第三十六話 二人きりの外出(二)

 花奏が店先の座布団に腰を掛けて待っていると、今度は「まぁまぁまぁ」と明るい声とともに、品の良い女将が、いつものふくよかな笑顔をたたえながら現れた。


「斎宮司様の坊ちゃん、ようこそおいでくださいました。お寒くはございませぬか?」


 女将は満面の笑みでそう言うと、小僧に火鉢(ひばち)を近くに寄せるように声をかける。


「いや、気にせずに」


 花奏は小さく声を出すと、脇に置かれた湯飲みに手を伸ばした。



 女将はしばらく、花奏の隣に正座すると、にこにことその様子を見ていたが、急にずいっと顔を覗き込ませる。


「以前お仕立ていたしました着物は、いかがでございましたか?」


「う、うむ。なかなか良い出来であった……」


 茶にむせそうになった花奏は、慌てて湯飲みを盆に戻しながら硬い声を出した。


 すると女将は、歓喜したように大きく手を広げる。


「それはそうでございましょう。なんせあの(しゃ)の反物は、入ったばかりの上物でしたから……」


 すると女将は、チラリと横目で花奏の顔を覗いた。



「それにしても、どなたがお召しになったのやら……」


 女将のいやらしい目線に、花奏はわざと表情を厳しくすると、一回大きく咳ばらいをする。


「あれは、その……妻が着て出かけたのだ」


 照れたように急に声が小さくなる花奏に、女将はこれぞとばかりに目を見開く。


「まぁ!! 奥様が!?」


 女将の叫び声に、周りにいた番頭たちもギョッと顔を上げている。


 花奏は今更ながら、ここに立ち寄ったことを少し後悔していた。



 女将はしばらく放心したようにのけ反っていたが、気を取り直すと再び花奏に顔を覗き込ませる。


「……して、今日はどのようなご用件で?」


「う、うむ。実は……」


「はい」


小間物(こまもの)を一つ……」


「小間物を?」


「見繕ってもらおうかと思い……」


「まぁ! つまり、奥様への贈り物でございますね!?」


 女将はバッと立ち上がると「少々お待ちを!」と叫び声を上げて、店の奥へと消えていく。


 呆気にとられた花奏がしばし放心したように待っていると、女将は何やら小箱を両手に乗せて現れた。


 花奏の前に再び腰を下ろした女将は、細長い小箱を恭しく両手で花奏の前に置くと、そっと蓋を開ける。



「こちらなど、いかがでございましょう?」


 女将の顔つきは自信満々だ。


「この可憐な装いなどは、きっと水色の着物がお似合いになる奥様に、ぴったりかと」


 ずいっと顔を覗き込ませる女将の勢いに()されるように、そっと箱の中を覗き込んだ花奏は、途端に目を丸くする。


 小箱に入った品は、決して派手ではないが、上品なデザインは質の良さを物語っており、繊細な細工などはまさに職人技。


 すぐにこれを持ってくるところを見ると、この女将、ただものではない……。


 花奏が納得したようにうなずくと、女将は満足げに大きくうなずき返した。



「毎度ありがとうございました」


 女将や番頭に見送られ、花奏は店を後にすると、手にした小箱をそっと撫でる。


 これを渡したら、志乃はどんな顔をするだろうか。


 ふと自分の心が躍っていることに気がつき、花奏は慌てて取り繕うように咳ばらいをした。



「このような思いができるのも、志乃のおかげだな……」


 花奏は小さくつぶやくと、小箱をそっと着物の懐に忍ばせる。


 そして買い物を終えた志乃を迎えに行くため、再び商店が建ち並ぶ通りに足を向けたのだ。


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