第三十四話 伝えたい想い(二)
志乃が慌ててエドワードに目を向けると、エドワードも再び涙を流しながら、盛大な賛辞と共に志乃に拍手を送っている。
気がつけば会場内は、志乃をたたえる拍手が割れんばかりに響き出し、それは一向に鳴りやまない。
――あぁ、エドワード様にも、皆さまにも伝わったのだわ……。本当に、良かった……。
胸がいっぱいになった志乃は、皆が温かく見守る中、再び深々とお辞儀をする。
そして涙をいっぱいに溜めた顔でほほ笑むと、皆に見守られながら舞台を下りた。
しばらくして次の奏者が舞台上で準備を始め、会場内は幾分か落ち着きを取り戻す。
志乃は舞台袖を離れると、花奏の元へと足を進めた。
花奏はエドワードや田所、谷崎らと共に会場の奥で志乃が戻ってくるのを待っている。
「旦那様」
次第に駆け足になった志乃は、顔を上げて思わず花奏に向かって呼びかけた。
「志乃」
すると花奏は両手を広げながら、優しくそれに応えてくれる。
志乃は「旦那様……」と涙声で再び呼びかけると、そのまま花奏の胸に飛び込んだ。
「志乃、よくぞ伝えてくれた……」
人目もはばからず、飛び込んできた志乃を力いっぱい抱きしめた花奏は、何度も志乃の頭を撫でてくれる。
「旦那様、くすぐったいです」
くすりと志乃が笑った時、花奏は志乃を天井に向けて抱き上げると、そのまま再びきつく抱きしめた。
「きゃ……だ、旦那様……!?」
慌てて花奏の首元に抱きついた志乃は、ジタバタとするが、花奏は一向に離してくれる様子はない。
花奏が人前でこんなことをするなんて。
志乃は嬉しい反面、次第に恥ずかしさが募り、もう顔が真っ赤だ。
「きゃあ♡」
すぐ側で唯子が黄色い声を上げ、慌てて谷崎が「こ、こら」と唯子の目元を覆う。
その隣では、エドワードが口笛を吹きながら囃し立てていた。
「花奏も、なかなかやるなぁ」
横からひょいと顔を見せた、田所の声も聞こえている。
皆が二人を祝福する雰囲気の中、花奏は志乃をそっと下ろすと、優しく志乃の両手を握った。
志乃は、ふらふらとのぼせたように真っ赤になった顔を上げる。
花奏はじっと志乃の瞳の奥を見つめていた。
「志乃……俺は志乃を妻として迎えたことを、心の底から誇りに思う」
花奏の言葉に、志乃ははっと息を止める。
その瞬間、志乃の脳裏に嫁いでからの日々が、一気に思い出された。
母の病を知り、絶望の淵で嫁いだ旦那様は、初めは名も知らぬ“死神の旦那様”だった。
それでも懸命に屋敷で生活を送るうちに、ふと書くようになった死神に宛てた手紙。
手紙を綴るうちに、自分でも知らない内に募らせていった死神への想い。
死神の正体がついに斎宮司花奏だとわかり、花奏を過去の苦しみから救いたいと、必死に過ごしていた、あの頃。
そして花奏と心を通わせて、本当の妻になってからの日々……。
全ての時間が志乃にとって愛しく、大切でかけがえのないものだ。
「旦那様……」
花奏を見上げる志乃の瞳には、次から次へと涙が溢れだしてくる。
――あぁ、私も旦那様へ、この気持ちを伝えたい。
志乃はにっこりとほほ笑むと、愛しい花奏に向かってゆっくりと口を開いた。
「旦那様……私も旦那様の妻になれたことを、心の底から誇りに思います」
「志乃……」
きつく抱きしめ合う二人を包み込むように、会場内にはいつまでもいつまでも、温かい拍手が鳴り響いていた。




