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第三十二話 志乃の提案(一)

「旦那様、遅いですね……」


 志乃は居間から顔を覗かせると、真っ暗になった窓の外を見つめる。


 花奏が谷崎の屋敷に出かけてから、もう随分と時間が経っていた。


「ここで心配していても仕方がないでしょう。そろそろ夕餉(ゆうげ)の支度でもしますかな……」


 そう言いながら腰を上げる五木の顔も、不安がぬぐえないのがわかる。


「お手伝いします」


 すると志乃が五木に続くように立ち上がった時、表で車が止まったような音が聞こえた。



「旦那様でしょうか?」


 志乃ははっとして五木と顔を見合わせると、すぐにバタバタと玄関に向かって走り出す。


 しばらく戸を開けて待っていると、外の木戸を疲れた顔の花奏が入って来るのが見えた。



「旦那様!」


 志乃は小さく叫び声を上げると、すぐに花奏の元に駆け寄る。


「志乃、ただ今帰った」


 花奏は静かにそう言うと、不安そうに見上げる志乃に小さくほほ笑んだ。


 花奏の顔つきからは、明らかに状況が良くないことは見て取れる。


「エドワード様のご様子は、いかがでしたか……?」


 遠慮がちに問いかける志乃に、花奏は小さく首を振った。



「少し考えたいことがある。部屋まで茶を持って来てくれんか?」


 花奏は眉を下げると志乃に顔を向ける。


「はい……。かしこまりました」


 そううなずく志乃の肩にそっと手を乗せると、花奏はそのまま玄関へと入っていった。


 志乃は不安が募る自分の両手をぎゅっと握り締めると、茶を入れるために炊事場へと向かった。



「失礼いたします……」


 志乃は盆を手に、花奏の部屋の前で声をかける。


 中から返事が聞こえ、そっと障子を開けた。


 目線を上げると、花奏は何かを考えこむように、机に肘をついて額に手を当てている。


 志乃は湯飲みを机に置くと、そっと花奏の側に寄った。



「エドワードは三日後に出る船で、帰国すると言っておる」


「三日後……!?」


 志乃は小さく息をのむ。


 そんなに早く出発するなど、余程この街にいたくないという気持ちの表れか。



「やはり今回の件は、エドワードの心に深く傷を残したようだ。前々から感じていた小さなズレが、決定的になったと言っていた」


 花奏は顔を上げると小さく息をついた。



 花奏が谷崎の屋敷に駆け込んだ時、エドワードは窓の前に立ち、静かに外を眺めていたそうだ。


 怪我の程度は軽く、振り下ろされた短刀を避けるように出した手の甲を、ほんの少し刃がかすめた程度だという。



「さっきから、何を話しかけても答えてくれないんだ」


 花奏が部屋に入ると、田所がそっと声を出した。


 刃を向けられるという、恐怖の体験をしたのだ。


 エドワードの気持ちを考えれば致し方のないこと。


 身体の傷よりも、心の傷の方がはるかに大きいのは、目に見えて明らかだった。


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