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第三十一話 不穏な知らせ(二)

 谷崎は花奏の様子を伺うように話を続けた。


「私も知らせを受けて、真っすぐにこちらに向かったので、話を聞いただけなのですが……」


「どうされた?」


 谷崎が口ごもり、花奏が眉をひそめる。


「エドワード殿は、今すぐにでも帰国すると言われているそうです。当然、今回契約を結んだものも、すべて白紙にすると……」


 谷崎の話に花奏が深く息を吐いた。


「エドワードはこの街や人に、とても親しみを持ってくれていた。そのエドワードがそこまで言うとは……。今回の件は、エドワードの心に深く傷をつけたのは間違いない……」


 花奏の言葉に、志乃は社交界でのエドワードの様子を思い出す。



 故郷(ふるさと)の曲を聴きながら目を細めていたエドワードは、自分の故郷とこの街を重ねるように大切に思ってくれていたのだろう。


 だからこそ今回の事件は、エドワードにとっては裏切られたのも同然の仕打ち。


 一刻も早くこの地を去りたいとまで思う、エドワードの気持ちを考えると、苦しくてたまらなかった。



「ただ……」


 すると、花奏が何かを言おうとして口ごもる。


「旦那様?」


 志乃が顔を上げると、花奏の瞳は迷うように揺れている。


 しばらくして、花奏はゆっくりと口を開いた。



「契約が白紙になるだけなら、まだ良い……」


 花奏の声に、谷崎は一歩詰め寄る。


「はい。私もそれを案じております」


 花奏と谷崎の低い声に、志乃は二人の顔を交互に見つめる。


 エドワードの心が傷ついたことは当然のことながら、契約の白紙以上に困った事態が起こるというのだろうか。



「軍の幹部はこのことを?」


「いえ、一部の上官には内々に報せておりますが、まだ(おおやけ)には……」


 神妙な面持ちで問う花奏に、谷崎は声をひそめながら首を横に振った。


「私が報告を受けた内容によると、聞けば言い争いのきっかけは、ほんの些細な誤解とか。切りつけた将校は捕えておりますが、できることなら、このまま穏便にすませたいのです」


 谷崎の低い声に花奏は深くうなずく。


「あの、どういうことでしょうか?」


 つい声を上げた志乃に、花奏が静かに振り返った。



「エドワードは、自国の軍の中心にも近い人物。このことが公になり、下手に周りが騒ぎ立てでもしたら……あるいは……大きな争いにもつながりかねん」


「大きな……争い……?」


 志乃は一気に血の気が引いたように顔を青ざめさせる。


 花奏は深くため息をついた。



「些細な個人の行き違いが、軍を巻き込むような争いに、発展することもあるのだ」


「そんな……」


 志乃は息をのみ、その場に重い空気が漂う。


 軍を巻き込むような争いなど、聞いただけで恐ろしくて震えてくる。


 志乃は思わず両手で自分の身体を抱えた。


 すると志乃の様子に気がついた花奏が、隣に膝をついて優しく肩を抱いてくれる。



「志乃、案ずることはない。とにかく、エドワードに会うのが先だろう」


 志乃を落ち着かせるように、口元を引き上げる花奏に、志乃はこくんとうなずいた。


「谷崎殿、すぐに伺いますゆえ、そうお伝えください。志乃、出かける支度を」


 花奏は谷崎に頭を下げると、サッと立ち上がり、廊下を部屋に向かって歩き出す。


 志乃は花奏の後姿を見て、慌てて自分も立ち上がった。


「谷崎様、では失礼いたします」


 志乃は谷崎に声をかけると、花奏を追って走りだそうとする。


 すると谷崎が小さく呼び止め、志乃は首を傾げながら振り返った。



「志乃さん、このような時に言う話ではないですが……」


 谷崎は少し躊躇うように下を向いてから顔を上げると、寂しそうにほほ笑む。


「斎宮司殿とお二人、素敵なご夫婦になられましたね」


 突然の谷崎の言葉に、志乃はぽっと頬を赤らめた。


「あ、あの……もしかしたら、唯子ちゃんのクリスマスプディングのおかげかも知れません。その節は、涙をお見せしてしまい、大変失礼いたしました」


 深々と頭を下げる志乃に、谷崎はゆっくりと首を横に振る。


 すると屋敷の奥から、志乃を呼ぶ花奏の声が聞こえ、五木が志乃を促した。



「では、失礼いたします」


 花奏の元へと駆けていく志乃の後姿を見ながら、谷崎は小さく息をつく。


「やはり、妬いてしまうな」


 谷崎はその言葉を飲み込むと、一足先に自宅へと戻るため、斎宮司家を後にした。


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