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第三十一話 不穏な知らせ(一)

「旦那様、今日のご予定は?」


 新年の挨拶もすみ、一通り食事が進んだところで、五木が声を出す。


 花奏は少し考える様子を見せていたが、ふと脇に座る志乃に顔を向けた。



「今日は近くの神社に詣でた後、志乃の実家に顔を出そうと思うのだが、どうだろうか?」


「え……私の、実家にですか?」


 志乃は驚いて目を丸くする。


「あぁ、俺も一度は挨拶せねばと思ったのだ。志乃も最近は顔を見せに帰っていないだろう?」


「そうですが……。でも、旦那様に出向いていただくなど、本当に良いのですか?」


「当たり前だ。何を遠慮する必要がある」


 花奏はそう言うと優しく目を細めた。


 志乃はパッと笑顔を咲かせると、花奏に大きくうなずき返した。



 片づけを終えた志乃が部屋で支度を整えていると、何やら騒々しい声が聞こえてくる。


 志乃は首を傾げると、そっと耳をすませた。


 正月の穏やかな陽気に似合わないその声は、どうも屋敷の入り口の戸を大きく叩きながら叫んでいるようだ。



「何事かしら……」


 不安になった志乃が部屋の障子を開けると、ちょうど花奏も様子をみるために部屋を出たところだった。


「旦那様、何事でしょう?」


 志乃が不安になって声をだすと、花奏もいぶかしげな顔を見せている。


 その時、廊下をドタドタという足音が響き、五木が血相を変えて花奏の元へ駆けてくるのが見えた。



「だ、旦那様! 大変です! 今、表に谷崎様がお越しなのですが、エドワード様が怪我をされたと……」


 五木の声を聞くなり、花奏は息をのんだように目を開き、すぐに玄関に向かって走り出す。


「エドワード様が……!?」


 志乃は次第に震え出す手を握り締め、花奏の後を追うように駆けだしていた。



「それは、まことの話ですか!?」


 志乃が廊下を進んでいた時、花奏の大きな声が響いてくる。


 今までに、花奏のこんな切羽詰まった声を聞いたことがあるだろうか。


 不安になった志乃は、そろそろと廊下を進むと玄関へとそっと顔を覗かせた。


 見ると、玄関すぐの土間では、谷崎が膝に手をついて、はぁはぁと肩で息をしている。


 谷崎は軍からそのままこちらに来たのか、黒の軍服姿だった。



「まずはお水を……」


 五木が水の入った湯飲みを谷崎に手渡すと、谷崎はそれを一気に飲み干した。


 谷崎の息が落ち着くのを待ち、再び花奏が声を出す。



「谷崎殿、もう一度はじめから説明してください。エドワードは何ゆえ、切りつけられたのですか?」


「切りつけられた……!?」


 志乃は思わず叫び声を上げ、両手で口元を覆ったまま、床にぺたんと座り込んだ。


 志乃の声に顔を上げた谷崎は、志乃に目を向けた後、姿勢を正して花奏に向き直る。


「今日はうちの屋敷にて、父が主催の新年の祝賀会を行っておりました。エドワード殿はそこに参加しておられたのですが……」


 谷崎は苦しげな顔を上げる。



 谷崎の話によると、エドワードは会に参加していた若い将校と些細な意見の相違から、言い合いになった。


 興奮する将校に、会の雰囲気を考えたエドワードがその場を去ろうと背を向けた時、カッとなった将校が脇にさしていた短刀を抜いたというのだ。


 切りつけた将校はすぐに周りに取り押さえられ、エドワードの怪我も擦り傷程度だという。



「エドワード様は今どちらに……!?」


 志乃は震える自分の両手を、握り締めながら必死に声を出す。


「すぐ田所先生が駆けつけてくださり、今は屋敷の奥の部屋で休んでおいでです。田所先生より、斎宮司殿をお連れするようにと、私の元に連絡が入りました」


 怪我の程度が軽いという谷崎の説明に、志乃は少しだけほっとした。


 でも花奏は眉間に皺を寄せたまま、考え込むように額に手を当てている。


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