第二十九話 通った想い(二)
いつも優しく、志乃を包み込むようにほほ笑むその瞳は、今はひどく熱を帯びていた。
花奏は志乃の反対の手も握ると、志乃と向き合うように、正面から見つめる。
志乃は今にも飛び出しそうにドキドキと早くなる鼓動のまま、花奏の次の言葉を待った。
花奏はゆっくりと口を開く。
「志乃は俺の妻だ。後にも先にも、俺の本当の妻は、志乃、お前だけなのだ」
花奏の言葉に、志乃ははっと息を止めた。
胸がいっぱいで、とても苦しい。
志乃の瞳は次第に潤んでくる。
“旦那様の本当の妻になりたい”
志乃が心の中でずっと願い続けていたこと。
その言葉が今、花奏の口から紡ぎ出されているのだ。
「あ、あの……私……」
志乃はこみ上げる涙に、言葉を詰まらせた。
感情が高ぶって、この気持ちを、花奏になんと伝えたら良いのかわからない。
すると花奏は志乃が戸惑っていると感じたのか、小さく眉を下げた。
「俺はこれからも、志乃に側にいて欲しいと思う。ただ……志乃が嫌でなければの話だが……」
目線を下げる花奏に、志乃は瞳を揺らす。
――あぁ、どうしたらよいの。私はこんなにも、旦那様が愛しくてたまらないのに……。
この想いを、どうしたら花奏に伝えることができるのだろうか。
しばらく思い悩んでいた志乃は、花奏の手を掴み直すと、今度は自分の両手で優しく包み込んだ。
「志乃?」
花奏がはっと顔を上げる。
志乃は花奏の手を自分の胸元に寄せると、ぎゅっと抱きしめた。
「前にもお伝えしたではありませぬか。私は旦那様の妻なのです。出ていく気など、毛頭ございませぬ」
そう言葉を紡ぐ志乃の瞳からは、次から次へと涙が溢れ出している。
「志乃……」
花奏は志乃の名を呼ぶと、志乃の身体をぐっと引き寄せた。
「旦那様……」
志乃は花奏に引かれるまま、その身を花奏にあずける。
いつしか志乃の身体は、花奏の腕の中へと包まれていた。
――あぁ、ずっと飛び込みたいと願っていた旦那様の胸は、なんと広く温かいの……。
トクトクと刻む花奏の鼓動が、志乃の身体に直接伝わってくる。
花奏がぐっと腕に力をこめる度、志乃の心はより満たされていった。
しばらくの間、きつく抱きしめ合っていた二人は、そっと手を緩めると、お互いの顔を見つめ合う。
――もう、この幸せを、私はどうしたらよいの……。
胸がいっぱいで舞い上がりそうになった志乃は、ふと前の席の運転手に気がついて、突然ぱっと花奏から身体を離した。
「あ、あの……ええっと……その……」
急に慌てだす志乃に、花奏は楽しそうにくすりと肩を揺らしている。
「だ、旦那様……こんなに濡れておいででは風邪をひいてしまいます」
志乃は恥ずかしさを取り繕うようにそう言うと、自分の肩にかかっていたショールを外す。
そしてそのまま花奏の首元に手を回し、ショールを肩にかけようとした。
その瞬間……。
花奏がショールごと、志乃の手をそっと掴む。
そして運転席から顔を隠すようにショールを広げると、志乃の唇にそっと口づけをした。
――え……。
志乃は一瞬呆気にとられたように、目をぱちくりとさせていたが、次第に顔から火が出るかと思う程に、真っ赤に染める。
「だ、だ、だ、旦那様……わ、わ、私……」
志乃は言葉にならない声を上げた。
そんな志乃を愛おしそうに見つめると、花奏は優しくほほ笑んだのだ。