第二十八話 突然の訪問(三)
「お姉さま、大切なものをお忘れですよ」
唯子はそう言いながら階段を下りきると、慎重に手に持っていた箱を志乃に手渡す。
「まぁ、唯子ちゃん、今日は本当にありがとう」
志乃は箱を受け取ると、大切そうに両手で抱えた。
「さぁ、そろそろ時間です。表に車を用意させましょう」
すると谷崎が声を出しながら、玄関の扉を押し開ける。
「谷崎殿、これはいったい……」
皆のやり取りを見ていた花奏が、戸惑った顔を見せると、谷崎はくすりとほほ笑みながら、口元に人差し指をあてた。
ふと振り返ると、志乃は唯子と何やらキャッキャと楽しそうに声をあげている。
花奏は谷崎に続くように玄関の外へと出た。
さっきまで降っていた雪はやんだのか、一面の銀世界になった庭は、ところどころ屋敷の明かりを反射して、キラキラと輝いている。
「斎宮司殿を、試すようなことをしたことはお詫びします」
すると谷崎が、急に花奏に向き直り深々と頭を下げた。
「試す?」
小さく首を傾げる花奏に、谷崎は顔を上げると、雪の積もった噴水の方へと目をやった。
「でも僕は本気でした……」
しばらくして、谷崎は小さく口を開く。
「僕は本気で、あなたから志乃さんをもらい受ける気でいました。志乃さんとあえて距離を置こうとするあなたから、志乃さんを奪うつもりでした」
谷崎の硬い声に、花奏ははっと顔を上げる。
「でもダメですね。痛いほど思い知りました。初めから、僕の入り込む余地なんて、微塵もなかったんです。あの軍楽隊の演奏会の日からずっと……」
谷崎は静かに目を閉じた。
「志乃さんにとって生涯の伴侶は、あなたしかいないのだと、はっきりとわかりました。あなたにとって志乃さんが、たった一人の妻であるように……」
谷崎は花奏を振り返ると、にっこりと笑みを見せている。
その瞳はどこか爽快で迷いがなく、とても立派な一人の青年だった。
「谷崎殿、もしやあの手紙は……」
――わざと書いたのでは?
花奏はそう谷崎に聞こうとして、口を閉じる。
もしかしたら谷崎は、志乃との関係から逃げ出そうとしていた花奏に、わざと焚きつけるように手紙を書いたのかも知れない。
でも……。
――それを聞くのは野暮かも知れん。
花奏が口をつぐんだ時、ヘッドライトの光とともに、谷崎家の車が玄関の前に横付けされた。
「さぁ唯子、志乃さんを車までお連れして」
「はーい」
谷崎の声に明るく返事をすると、唯子は志乃の手を引きながら車へ向かう。
志乃が車の中へと入ったのを確認した花奏は、再び谷崎に向き直った。
「谷崎殿、志乃が世話になりました」
深々と頭を下げる花奏に、谷崎は小さく首を振った後、軍人らしく静かに敬礼する。
「お二人の幸せを、願っております」
その姿に花奏は力強くうなずくと、花奏を待つ志乃の元へと歩いていった。




