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第二十八話 突然の訪問(二)

 遠くからこちらへ近づく足音が聞こえ、花奏は顔を上げると階段の先に目を向けた。


 するとラフな洋装に身を包んだ谷崎が、にこやかにこちらへ向かってくるのが見える。


 花奏は谷崎に一礼すると、階段を下りて目の前に立つ谷崎を、正面から見据えた。



「これは斎宮司殿。この雪の中を、どうされましたか?」


 先に谷崎が口を開く。


「志乃を迎えに来ました」


 花奏の低いが凄みのある声に、谷崎の瞳がわずかに揺れた気がした。



「迎えに? はて? 手紙をお渡ししたはずです」


 谷崎はわざとらしく、小首を傾げている。


 花奏は再び、谷崎の顔を見据えた。


「手紙は受け取りました。しかし、到底容認できるものではない」


「ですが、運転手を帰したのは、他でもない志乃さん自身ですよ。あなたが迎えに来たからといって、うんと言うかどうか……」


 首を振る谷崎に、花奏は一歩詰め寄る。



「そうですね。それでも私は、志乃を連れて帰ります」


 花奏は顔を上げると、目の前の谷崎の瞳をまっすぐに見つめた。


「志乃は私の、たった一人の大切な妻です。他の誰にも渡すことなどできない」


 静かな玄関ホールに、花奏の声が響き渡る。



 花奏の揺るぎのない声に、谷崎が小さく息を吸うのが伝わった。


「……やっと本音を言われましたね、斎宮司殿」


 しばらくして谷崎はそう言うと、先ほどとは打って変わって、にこやかにほほ笑んでいる。


「谷崎殿……?」


 花奏が首を傾げた時、視線の端に小さく揺れる人影が映った。


 花奏は、はっと顔を上げる。



「……旦那様?」


 階段の手すりに手をかけながら、驚いたように目を丸くしているのは志乃だ。


 志乃は花奏の姿を見つけるなり、慌てたように階段を駆け下りてくる。



「旦那様、どうされたのですか? ずぶ濡れではありませぬか」


 最期の一段を飛び降りた志乃は、花奏の元に駆け寄ると、驚いたように声を出しながら、慌てて着物の胸元からハンケチを取り出した。


 そして背伸びをして必死に手を伸ばしながら、花奏の艶のある髪についた雫をそっと拭う。



「志乃……」


 花奏は志乃の息づかいを間近に感じながら、愛おしそうに声を出した。


「志乃を、迎えに来たのだ」


 そう続ける花奏の声に、志乃は髪を拭っていた手を止めると、目をまん丸に見開く。



「私を、ですか?」


「あぁ、そうだ。お前を迎えに来た」


 志乃は再び驚いたような顔をしていたが、途端に頬を真っ赤に染めると、恥ずかしそうに下を向いた。


「旦那様が迎えに来てくださるなど、私はなんて幸せ者なのでしょう……」


 恥じらいながら口を開く志乃を、花奏はそっと下から覗き込む。



「志乃、ともに屋敷に帰ろう」


 志乃は花奏の顔を見上げると、満面の笑みでほほ笑んだ。


「はい、旦那様」


 こくりと志乃が頷いた時、「お姉さま」という声が二階から聞こえる。


 見ると唯子が大きな箱を両手の手のひらに乗せて、そろそろと階段を下りてくるところだった。


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