第二十八話 突然の訪問(一)
「孝太郎坊ちゃん」
使用人が遠慮がちに、谷崎に声をかける。
谷崎は、楽しそうにほほ笑む志乃と唯子を見ながら、そっと部屋を後にした。
「お取込み中、申し訳ございません。今しがた玄関に、斎宮司殿と言われる方がおいでなのですが……」
使用人の声に、谷崎ははっと顔を上げる。
「斎宮司殿が?」
「はい。それが、この雪の中を走って来られたのか、酷く濡れておいでで。外套や羽織もなく、本当にあの斎宮司殿なのか、私共もはかりかねるのでございます」
困惑したような使用人の声に、谷崎は驚いたように目を丸くした。
斎宮司の屋敷からここまでは、かなりの距離がある。
雪の降り積もる中を、走って来るなど、普通では考えられないことだ。
谷崎はしばし呆然とした後、ぷっと吹き出した。
「坊ちゃん?」
使用人は、あははと笑い声をあげる谷崎に、不思議そうに首を傾げている。
「いや、すまん。まさか、あの斎宮司殿が、走って姫を迎えに来るとは、正直僕も想像もしていなかったものでね」
谷崎は、再び笑い声を上げると、「すぐに行く」と使用人に伝えた。
使用人が去った後、谷崎は長い廊下を玄関へと向かいながら、くすりと肩を揺らす。
――やはり、迎えに来たか。
あの手紙を読んだ花奏が、志乃を迎えに来るだろうことは、容易に想像がついた。
志乃は気がついていないようだが、花奏が志乃のことを誰よりも大切に思っていることは、谷崎の目には明らかだったからだ。
――でも、少しだけ期待してしまったな……。
谷崎はふっと息を吐くように笑う。
もし仮に花奏が迎えに来なかったらと、心のどこかで願っていたことは確かだ。
本当の気持ちを言えば、このまま志乃を屋敷に留めてしまいたかったし、花奏との関係に悩む志乃に、もう自分の元に来れば良いと、言ってしまいたかった。
――でもそれは、志乃さんが望むことではない。
谷崎は顔を上げると、一階へと続く階段を下りる。
玄関では、谷崎の姿を見つけた花奏が、じっとこちらを見つめていた。
――僕は呆れる程の、お人好しだな……。
谷崎はくすりと肩を揺らすと、あえて冷静な振りをして口を開く。
「これは斎宮司殿」
そしてにこやかに、花奏と対峙するように目の前に立ったのだ。




