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第二十七話 気がついた心(二)

 花奏は部屋の障子を開け、しんしんと冷え込む廊下に出た。


 ふと庭に面したガラス戸を覗き込むと、寒さでガラスは白く曇っている。


 花奏は曇ったガラスを手で拭い、そっと庭先を覗き込んだ。



「降ってきたな……」


 花奏は小さく声を出すと、灰色の空を見上げた。


 空からは、チラチラとすぐに溶けてしまいそうな粉雪が舞いだしている。


 今日は朝から分厚い雲が広がっていたが、ついに降りだしたようだ。



 部屋に戻った花奏は、椅子に深く腰をかけると、静かに息を吐いた。


 志乃は今頃、谷崎の屋敷で過ごしていることだろう。


 綺麗に身なりを整えた志乃が、出がけに挨拶をしに来た時、花奏はいつもと変わらぬ態度で志乃を見送った。


「楽しんで来るといい」


 花奏がそう言うと、志乃は「はい」とまるで花が咲いたかのように、嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見ているのが苦しくなった花奏は、仕事があるからと、すぐに部屋にこもってしまったのだ。



「ごめんください」


 花奏が志乃とのやり取りを思い出していると、玄関に大きな声が響く。


「はい、ただいま」


 遅れて五木の声も聞こえてきて、花奏は首を傾げた。


 この屋敷に人が訪ねてくるなど、めったにないことだ。


「あの声は……」


 聞き覚えのある声に花奏が記憶を辿っていると、バタバタと慌てたように廊下を走る音が近づいてきた。



「旦那様!」


 大きな声と共に、血相を変えた五木が部屋に飛び込んでくる。


「誰か、訪ねてきたようだが?」


 花奏は声を出しながら立ち上がると、はぁはぁと肩で息をする五木を見つめた。


 五木は息を落ち着かせるように胸に手を当てると、一通の手紙を差し出す。



「い、今……志乃様をお送りした運転手が、こちらに戻りまして……」


「運転手が? 志乃が帰るまで、あちらで待っているのではなかったのか?」


 そう言いながら手紙を受け取った花奏は、そこに書かれた文字にはっと目を見開く。


 宛名に“斎宮司花奏殿”と書かれた手紙の差出人は“谷崎孝太郎”となっているのだ。


 ――なぜ、谷崎殿から手紙が……?



 瞳を揺らす花奏に、五木が一歩近づいた。



「それが運転手の話によると、志乃様に帰って良いと言われたというのです」


「志乃に?」


「雪が降りだして危ないから、もうお帰りなさいと言われたと……。志乃様は何をお考えなのでしょう? 志乃様自身が、お帰りになれなくなってしまいます……」


 五木は眉をひそめると、しきりに首を振っている。

 


 確かに妙な話だ。


 志乃の帰りは夕方だったはず。


 今の空の様子を考えると、これぐらいの雪であれば、車を走らせても何の問題もない。


 花奏は五木を横目で見ながら、椅子に腰を下ろすと、受け取った手紙をそっと開いた。


 力強い文字で書かれたその手紙に目を走らせていた花奏は、一気に最後まで読み切ると息をのむ。



「旦那様?」


 五木が不安そうな顔を覗き込ませた。


「旦那様、谷崎様は何とおっしゃられて、おいでなのですか?」


 五木の声に、花奏は深く息をつくと、そのまましばらく静かに目を閉じる。


 そして考え込むように口を閉ざした。


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