第二十七話 気がついた心(一)
志乃はガタクリと鳴る車に揺られながら、ぼんやりと外の景色を目で追う。
今日の空はどんよりと曇っていて、今にも雪が降り出しそうなほどだ。
志乃は羽織の上に巻いたショールに手をかけると、再びしっかりと身体を覆うように巻きなおした。
今年もあと六日ほどを残すところとなった今日は、志乃が谷崎の屋敷に招待されている日だ。
社交界の夜、志乃と共にバルコニーから会場に戻った谷崎は、すぐに花奏の元に向かった。
そして妹が志乃に助けてもらったことの礼を言い、後日志乃を自宅に招待したいと申し出たのだ。
志乃は花奏がなんと答えるのか気になって、後ろから静かに花奏の顔を見つめていた。
でも花奏は、表情一つ変えることなく、谷崎の申し出に了承すると、すぐにその場を外してしまった。
花奏を追うように席を外した田所が、花奏に何かを必死に訴えかけていたが、志乃には二人が何を話しているのかは聞こえなかった。
「お姉さま!」
志乃が屋敷に到着すると、唯子が満面の笑みで駆け寄ってくる。
「唯子ちゃん、こんにちは。今日はご招待いただきありがとう」
志乃がにっこりとほほ笑むと、唯子は「どういたしまして」と大きく返事をした。
唯子に手を引かれながら、大きなお屋敷に入る。
外国のお城かと思うほど大きなお屋敷は、入り口の扉を入った先に、二階へと続く階段があり、絨毯の敷かれたその中央では、谷崎が手を振って待っていた。
その姿がまるでおとぎ話に出てくる王子様のようで、志乃はついくすりと笑ってしまう。
「え? 何かおかしかったですか?」
「いいえ。あまりにも王子様のように見えたので、つい笑ってしまいました」
不思議そうに首を傾げる谷崎に、志乃はくすくすと笑いながら声を出す。
「お兄さまが王子様なら、お姉さまはお姫様でしょう? そうなればいいのに」
すると唯子が隣で口を尖らせた。
「こら唯子。志乃さんに失礼じゃないか」
「はーい」
たしなめる谷崎に軽く返事をすると、唯子は嬉しそうに再び志乃の手を引く。
「ねぇ、お姉さま。今日は何の日かご存じですか?」
「今日?」
唯子に大広間に案内された志乃は、小さく首を傾げた。
年末も差し迫ったこの辺りに、何か特別な日があっただろうか?
すると唯子はくすりとほほ笑むと、志乃の耳元に口を寄せる。
「あのね……」
話を聞きながら目を丸くした志乃は、唯子と顔を見合わせると、にっこりとほほ笑んだ。




