表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/84

第二十六話 優しい人(二)

「私とですか?」


 驚く志乃に、谷崎はこくりとうなずいた。


「えぇ。もう一度確認したかったのです。あなたと斎宮司殿との関係を……」


「え……」


 谷崎の言葉に、志乃は目を見開くと、固まったように動けなくなる。


 谷崎はそんな志乃の瞳をまっすぐに見つめた。



「軍楽隊の演奏会の日、僕はあなたが斎宮司殿の奥様なのだと思いました。でもずっと、あの日のあなたの様子が、気になっていたのです」


 谷崎の声に志乃は小さく下を向く。


 谷崎が志乃と花奏の関係に違和感をもつのは当然だろう。


 それもそのはず、だってあの日、志乃は初めて死神の正体が斎宮司花奏だったと知ったのだから。


 谷崎はそのまま言葉を続ける。



「先程、父にも聞いたのですが、やはりまだわからないのです。あなたと斎宮司殿は、どういった関係なのでしょうか……? 奥様ではないのですか? そうなのであれば、僕は……」


 そこまで言った谷崎は、志乃の顔を見てはっと口をつぐむ。


 志乃の瞳はみるみる涙で満ちてきていたのだ。



「す、すみません。もしかして、僕は何か大変失礼なことを……?」


 谷崎は慌てた様子で志乃に謝ると、心配したように眉を下げた。


「い、いえ。なんでもありません。どうしたんでしょう……勝手に涙が……」


 志乃はそう言うと、慌てて手袋をはめた手で目頭を押さえる。


 それでも、溢れる涙を抑えようとすればするほど、とめどなく流れる涙の雫は、バルコニーの上へとこぼれていった。



「志乃さん……」


 すると、肩を震わせる志乃の前に、谷崎が優しい顔を覗き込ませた。


「今度、うちに遊びに来ませんか? 唯子もあぁ言っておりましたし、気晴らしにもなるでしょうから」


「でも……」


「唯子はあなたに、お礼がしたいのだと思います。斎宮司殿にも、僕から話してみましょう」


 谷崎は志乃の前に笑顔を見せる。


 谷崎はきっと志乃を気づかって、こう言ってくれているのだろう。


 でも、その気持ちに甘えてしまってよいのだろうか。



 志乃の頭に花奏の顔が浮かぶ。



 ――旦那様。私はあなたにとって、どのような存在なのでしょうか……。



 それから志乃は、固く口を閉ざし、ただその場にじっと立ち尽くしてしまった。



 ◆



 花奏は重い扉を押し開けると、静かな廊下へと出て辺りを見渡した。


 志乃が会場の外へ出てからしばらく経つが、こちらに戻った様子はない。



 ――てっきり椅子にでも腰かけて、休んでいると思ったが……。



 志乃を心配した花奏は、もう一度左右を見渡していたが、廊下の奥の突き当りを見て、はっと息を止める。


 そこには建物の外へ出る窓が用意されており、その先のバルコニーに佇む志乃の姿を見つけたのだ。


 志乃は誰かとほほ笑み合いながら話をしている。


 じっと目をこらした花奏は、その相手を見て小さく息をのんだ。



「谷崎殿……」


 そうつぶやいた花奏は、自分が無意識に拳を握り締めていたことに気がつく。


 花奏ははっとすると、バルコニーにくるりと背を向け再び会場の中へと戻った。


 会場の中をまっすぐ進みながら、花奏は自分に言い聞かせる。



 ――こうなることは、わかっていたはずではないか。



 あえて谷崎の父親に、志乃を“身内”だと紹介したのは、他でもない自分だ。


 それなのに……。


 この胸をえぐられたような息苦しさは何なのだろう。



「花奏?」


 田所が不思議そうに花奏の顔を見ている。


 花奏は何も答えずに、ただじっと真っ暗な夜に染められた窓の外に目を向け続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ