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第二十五話 再会(二)

「何か直せる道具があると良いのだけど……」


 志乃が周囲を見渡した時、遠くから女の子を呼ぶのであろう、誰かの声が聞こえてきた。


 その声に、女の子はぱっと立ち上がると「お兄さま!」と声を上げる。



唯子(ゆいこ)、ここにいたのか。まったく、心配したんだぞ」


 そう言いながら駆け足で現れた青年の顔を見て、志乃は「あっ」と声を上げた。


 服装こそ違うが、この青年は軍楽隊の演奏会の日に、志乃を助けてくれた将校だ。


「あなた様は、あの時の……?」


 志乃は目を丸くすると、同じように驚いた顔をしている将校をじっと見つめる。



 ――確かあの時、旦那様が谷崎少尉殿とお呼びしていたような……。



 そこで志乃は、はたと顔を上げた。


 この社交界の主催である男性も、名前は谷崎だったはず……。


 志乃はもう一度、谷崎と唯子と呼ばれた女の子を交互に見つめた。


 谷崎は驚いた様子のまま、しばしその場で固まっている。


 すると唯子が、途端に大きな声で谷崎を見上げた。



「お兄さま、唯子の爪が壊れてしまったの」


 唯子は谷崎のスーツの裾をぎゅうぎゅうと引っ張った。


「え? 爪? あ、あぁ、箏の爪かい?」


「そうに決まっておりますでしょう? お兄さま、ぼうっとしてどうなさったの?」


「いや……それは……」


 もごもごと口ごもる谷崎から目を逸らすと、唯子は志乃を見上げる。



「ねぇ、お姉さま。この爪、直せますか?」


 必死に訴えるように見上げる唯子に、志乃ははっと我に返った。


 そうだ、まずは何よりも、この爪を直すのが先だろう。


 志乃は気を取り直すと、背の高い谷崎の顔を見上げる。



「あの、こちらに糊はありますでしょうか? 一時的ではありますが、糊で貼り付ければ直せると思うのです」


 谷崎は志乃の声にぴんと背筋を正すと、辺りを見まわして、遠くを歩いていた使用人に走って声をかけに行く。


 しばらく三人で椅子に腰かけて待っていると、使用人が瓶に入った糊を持って来てくれた。



 志乃は糊を受け取ると、慎重に膝の上で取れた爪を爪輪に貼り合わせていく。


 唯子が興味津々の面持ちで身を乗り出す中、志乃は爪の修理を無事に終え、にっこりとほほ笑んだ。



「唯子ちゃん。これで大丈夫。まだ糊の乾きが十分でないから、しばらくは貼り合わせた部分をしっかりと押さえていてね」


 志乃が箏爪を渡すと、唯子はそれをそうっと受け取りながら、感動したようにぎゅっと両手で包み込む。


「お姉さま、本当にありがとう存じました」


 唯子は満面の笑みを見せた後、ぴょこんと頭を下げた。


「どういたしまして」


 志乃が応えると、唯子は一層嬉しそうに笑顔を見せる。


「お姉さま、今度、唯子のお家に遊びに来て! きっとよ!」


 唯子は元気にそう言うと、再び廊下を駆けて行った。



 唯子の弾むような背中を見送りながら、志乃は谷崎と顔を見合わせてくすりとほほ笑む。


「驚きました。あの日、助けてくださった方に、このような場でお会いできるとは。こちらのご令息だったのですね」


 しばらくして声を出した志乃に、谷崎は頬を染めると、照れたように頭に手をやった。



「いえ、僕の方こそ。あなたを探していたら、まさか唯子と一緒だったとは……」


「え? 私を、お探しだったのですか?」


 何の用件だろう?


 不思議そうに首を傾げる志乃に、谷崎は慌てたように両手を大袈裟に振る。


「い、いえ、その……えーっと」


 谷崎は困ったように頭に手を当てると、そっと志乃の顔を伺った。



「あの、お時間が許すようであれば、少し外へ出ませんか?」


 谷崎は廊下の突き当りに見えるバルコニーを指さしている。


「でも……」


 志乃は花奏のことが頭をよぎり、戸惑って口ごもると下を向く。


「あそこからは庭が一望できるんですよ。後で斎宮司殿にも、教えて差し上げてください」


 にっこりとほほ笑む谷崎に促され、志乃は小さくうなずいた。


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