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第二十五話 再会(一)

 志乃はまだぽーっとした心持ちのまま、重い扉を押して会場の外に出る。


 ふと見ると、廊下には重厚感のある立派な長椅子が置かれており、息をつきながら腰かけた。


 腰回りを圧迫しているコルセットに、さすがに志乃の身体も悲鳴を上げ出していたからほっとする。



 あれから花奏は、重要な仕事の話があると言って、エドワードと共にその場を離れた。


 花奏は、初めての場で緊張する志乃の身体を、気づかってくれたのかも知れない。


「志乃は、少し外で休んでくるといい」


 そう言って、優しくほほ笑んだのだ。



 志乃は再びふうと息をつくと、濃い緑色をしたベルベットの座面に深く腰を沈める。



 “シノハ、カナデノ、タイセツナヒト”



 頭の中には、エドワードの言葉が何度も浮かんでは消えていった。



「エドワードさんは、どういう意味で言われたの……?」


 ポツリとつぶやいた時、廊下をパタパタと駆ける足音が聞こえて、志乃は顔を上げる。


 ふと目を向けると、可愛らしい女の子が、絨毯の敷かれた廊下をこちらへ向かって走ってきているのが見えた。



 女の子はまるで雑誌で見たバレリーナのように、白くてひらひらと舞うレースのついたドレスを着ている。


 年の頃は、下の妹の藤と同じくらいか、少し上といったところだろうか?


 あまりの愛らしさに、志乃がついほほ笑みながら女の子を目で追っていると、女の子は絨毯に足を取られたのか、志乃の目の前で盛大に転んでしまった。


 両手を広げるように絨毯に突っ伏した女の子は、途端に「わぁっ」と大声をあげて泣き出す。


 志乃は慌てて立ち上がると、女の子の側へと駆け寄った。



「痛かったねぇ。よしよし、お姉ちゃんに見せてごらん」


 志乃は泣きじゃくる女の子をゆっくりと立ち上がらせると、擦りむいたであろう膝や手をじっくりと覗き込む。


 幸い血は出ておらず、怪我の程度は軽そうだ。


 踏み心地の良い厚手の絨毯に助けられたのだろう。



「もう大丈夫。さぁ涙を拭いてあげるから、おいで」


 志乃は女の子をぎゅっと抱き寄せると、持っていたハンケチで涙を拭い、女の子の膝や手を優しく撫でた。


 昔は華や藤が泣いた時には、こうしてなだめていたなと懐かしく思っていると、しばらくヒクヒクと肩を震わせていた女の子に笑顔が戻ってくる。


「お姉さま、ありがとう存じます」


 女の子はもじもじとしながらも、立派にお礼を言うと、ぴょこんと頭を下げた。


 やはり社交界に呼ばれるような方の、ご息女だからだろうか。


 こんなに幼いのに、気品と育ちの良さが伝わってくる。



 志乃が感心したように見ていると、突然女の子が「爪!」と言って慌てだした。


「え? 爪?」


 志乃が大きく首を傾げていると、女の子は周囲をきょろきょろと見渡した後、廊下に落ちていた小箱を見つけて走って行く。


 どうも転んだ拍子に、手に持っていた小箱を飛ばしてしまっていたようだ。



「あ、あの、爪が壊れてしまったのです。お父さまに、お客さまの前で箏を弾くよう言われているのに……」


 女の子は駆けて戻ってくるなり、志乃に訴えるように小箱を広げて見せた。


 志乃が覗き込むと、小箱の中には小さな箏爪が入っている。


「まぁ」


 志乃は小さくうなずいた。


 きっと女の子は爪が壊れていることに気がついて、焦って廊下を走っているうちに、転んでしまったのだろう。


 志乃は女の子の小箱から、壊れた箏爪をひとつ取りだした。


 手に取って見てみると、親指用の爪が、爪皮からはがれかけている。


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