表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/84

第二十四話 英国の友人(二)

「カナデ!」


 大きな声に振りかえると、手を広げた大柄の男性が、こちらに寄ってくるのが見える。


 男性は花奏の前に来ると、突然花奏の背に手を回し、がっちりと抱きしめた。


 志乃はその西欧風な挨拶に、ドキリとして目を丸くてしまう。



「エドワード」


 すると花奏も珍しく大きな声を出し、男性の挨拶に応えている。



 ――旦那様が、あんなお顔をされるなんて。ご友人様なのかしら?



 志乃は、普段は表情を出さない花奏の、あまりにくだけた様子に驚くと、外国語で会話をしている二人をしばし見つめていた。


 エドワードと呼ばれた男性は、背は花奏よりも高く、髪は柔らかな黄金色をしている。


 そして先を見据えるような青い瞳に、力強さを感じた。



 するとしばらくして、花奏と一通り話し終えたのか、エドワードが急にチラリとこちらを見たので、志乃はばっちりと目が合ってしまった。


「オォ、アナタガ、シノデスネ。トテモ、ウツクシイデス」


 突然のエドワードの言葉に、志乃は思わず「ひゃっ」と飛び上がってしまう。



 面と向かって“美しい”と言われるなど、そんな経験は今までしたことがない。


 ドキドキと上目遣いで伺う志乃に、エドワードは何も気にしない様子で、にこにことほほ笑んでいる。


 西欧の人にとっては、これも挨拶の一つなのかも知れない。


 すると顔を真っ赤にしてドギマギする志乃の様子に、くすりと肩を揺らした花奏が、耳元で小さく声を出した。



「エドワードは、英国で貿易の仕事をしている、俺の親しい友人の一人なのだ。志乃の事も話している」


「わ、私の事を……?」


 志乃は驚くと、花奏に小さく聞き返した。



 花奏は自分のことを、なんと紹介したのだろう。


 そんなことが頭をよぎり、志乃の心がチクリと反応してしまう。


 やはり先程のように、自分の身内だと言ったのだろうか?



 その時、モヤモヤと考え出した志乃の耳に、どこかで知っている旋律が響いてきた。


 会場の前方に目を向けると、サロン音楽を奏でているのは、ピアノや弦楽器などの奏者たちだ。


 会場にいる人々も、その柔らかな旋律が響き出すと、うっとりとするように音楽に聴き入り、会場内はまるでコンサートホールへと化したように静かになった。



 このメロディは、以前にも聴いたことがあるような気がする。


 すると懸命に記憶を辿っていた志乃の横で、エドワードが「オォ」と歓声を上げた。



「ワタシノ、フルサトノキョク」


 エドワードはそう言うと、再び静かに目を閉じて演奏に耳を澄ます。


 切なくも美しい旋律にもう一度耳を傾けていた志乃は、しばらく聴き入った後「あっ」と声を上げた。


 この曲は、軍楽隊の演奏会で聞いた曲だと思い出したのだ。


 あの時、曲名を聞いた志乃に、五木は“外国の民謡”と言っていた。



「旦那様。私、この曲を知っています。軍楽隊の演奏会で初めて聴いて、とても懐かしい感じがする曲だったので、良く覚えているのです」


 志乃が花奏を見上げて弾んだ声を出すと、花奏は隣にいるエドワードに、志乃の言葉を伝える。


 その途端、エドワードが感動したように大きくうなずいた。



「これはエドワードの故郷にある、ローモンド湖という湖を唄った曲なのだ」


 花奏が志乃に説明してくれる。


「まぁ、湖を?」


 志乃は見たこともない湖に思いを馳せる様に、うっとりと声を出した。



「だから穏やかで優雅な曲なのですね。まるで、私たちの瀬戸内の波や風のようです」


 志乃が納得したように声を出すと、隣で花奏が小さく息をのむのがわかった。



「旦那様?」


 志乃は小さく首を傾げる。


「いや、すまぬ。少し驚いたのだ」


 志乃を見つめると、花奏は静かに首を振りながら言葉を続けた。


「エドワードが以前、同じことを言っていたのだ。自分の故郷と、この街は似ていると……」


「そうなのですか?」


 志乃は驚いた声を上げながら花奏の瞳を見つめて、途端に頬を真っ赤にする。


 優しく志乃を見つめる花奏の視線が、やけに熱く感じたのだ。



「シノ」


 すると思わず下を向いた志乃の耳に、エドワードの落ち着いた声が聞こえてくる。


「シノ、アリガトウ」


「え?」


「コノキョクハ、タイセツナ、トモダチヲオモッテ、ウタッタウタデス」


「友達を?」


 エドワードはこっくりとうなずくと、そっと志乃の耳元に口元を寄せる。



「シノハ、カナデノ、タイセツナヒト。ダカラ、アリガトウ」


 志乃にだけに聞こえる声でそう言うと、エドワードはにっこりとほほ笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ