表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/84

第二十四話 英国の友人(一)

 花奏の腕に手をかけ、ゆっくりと会場の中に入った志乃は、足を踏み入れた途端、まるで別世界のような光景に思わず息をのむ。


 優雅なサロン音楽が奏でられる会場は驚くほど広く、どこまでも高い天井には(まばゆ)いばかりのシャンデリアが、(きら)びやかに光を放っている。


 そしてそれらを囲む壁には、会場を彩るように飾られた七宝焼きの額縁の数々。


 見たこともないような豪華な食事が用意された会場には、それに劣らぬほど、華やかに着飾った人々で溢れかえっていた。



 初めて見る社交界の光景に、志乃は思わず気後れしそうになる。


 女学校の友人たちと見た、少女雑誌に載っていた、高貴な方たちの暮らしぶりが、まさに目の前にあるのだ。


 一瞬眩暈(めまい)がしそうになった志乃は、それでも自分を奮い立たせるように背筋を伸ばす。



 ――ここで動揺していては駄目よ。旦那様に恥をかかせてしまうわ。



 志乃は五木に言われたことを思い出し、にこやかに花奏の後ろをついて歩いた。


 どうも花奏は顔が広いようで、行く先々で人々に話しかけられている。



 軍の関係者と思われる軍服に身を包んだ将校から、タキシード姿の紳士まで、さまざまな人と仕事の事と思われる難しい話をしていた。


 志乃は初めて見る花奏の貿易商としての顔に、とても新鮮な驚きを感じていた。



 その時、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえ、志乃ははっと顔を上げる。


「花奏、志乃ちゃん」


 明るい声に志乃が振りかえると、笑顔で手を振っているのは田所だ。


「田所先生」


 志乃は見知った顔に安心して、思わず大きな声で返事をしながら、そっと隣の花奏の顔を伺う。


 花奏は田所の顔を見ても、特に表情は変わらない。


 先日の二人のいさかいは、今は気にしなくても良さそうだ。



 ホッとした志乃の側へ、田所がにこやかな顔でやって来た。


 田所も今日は、いつものくたびれた白衣に下駄の様相ではなく、黒のタキシードをパリッと着こなしており、見違えるように紳士的だった。


 志乃がふと田所の隣に目をやると、ドレス姿でにこにことほほ笑んでいる女性がいる。


 そっと女性に目をやった志乃は、以前見せてもらった田所の家族写真を思い出し、隣の女性が田所の妻だとわかった。



「志乃と申します。田所先生には、母のことで大変お世話になりました」


 志乃が慌てて挨拶をすると、田所の妻はにこやかに笑顔を返した。


 志乃はそっと田所の妻を目で追う。


 田所の妻は、モノクロの写真で見た時よりも控えめで、柔らかく落ち着いた印象だったが、妻である存在感はとても大きかった。



 ――なんて素敵な奥様……。私も奥様のように、落ち着いた大人の雰囲気を身につけねば……。



 するとそんな志乃に、田所が笑顔を覗き込ませる。



「志乃ちゃん、今日は一段と綺麗だね。花奏にはちゃんと、褒めてもらったかい?」


 わざとらしく大きな声を出す田所に、志乃はさっきまでの決意を忘れたように、途端にあわあわと頬を赤らめる。


 そんなことを人前で聞かれたら、どうしてよいかわからなくなってしまうではないか。



「ええと、あ、あの……少しだけ……」


 小さく答えた志乃に、田所は大袈裟にのけ反った。


「少しだけ!? おい、花奏。こういう時は男の照れくささなんて捨てて、大いに女性を()(たた)えるものだと、エドワードにも言われていただろう?」


 田所はそう言うと、呆れた様子でそっぽを向く花奏の肩に手を置いた。


 志乃は聞いたことがない名に、小さく首を傾げる。


 エドワードとは、一体誰のことだろう?



 ――外国の方のお名前よね?



 するとその時、志乃の耳に聞き慣れない言葉が飛び込んできた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ