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第二十三話 初めての社交界(三)

「これはこれは、斎宮司君」


 男性は野太い声であいさつすると、花奏の手を分厚い手のひらでぐっと握る。


「谷崎殿。この度はお招きにあずかり、大変光栄でございます」


 花奏が深々と頭を下げ、志乃もつられるように慌てて頭を下げた。



「なにを堅苦しいことを言っておられる。うちとは、お父上の代からの付き合いではないか」


 男性は豪快な笑い声をあげる。


 志乃は男性の笑い声を聞きながら、目の前の男性がこの立派なお屋敷の(あるじ)であり、本日の社交界の主催者なのだとわかった。



「ところで、そちらの可愛らしいお嬢さんは? 妹さんですかな?」


 すると男性が、ふと花奏の後ろに控えている志乃に目を向ける。


「いえ、この者は私の……」


 花奏は志乃を振り返りながらそこまで言うと、ふと口を閉ざした。



 どうしたというのだろう?


 花奏は何かを逡巡するように、瞳を揺らしている。



 ――旦那様?



 志乃が小さく首を傾げた時、花奏が静かに口を開いた。



「私の身内の者です」


 その瞬間、志乃の心を小さな棘がチクリと刺す。


 はっきり“妻”と紹介しない花奏の言葉の裏には、やはり志乃を本当の妻として認めていないことが隠されている気がした。



 ――私が幼なすぎるのも、いけないのだわ……。



 途端にそんな考えが、志乃の頭を駆け巡る。



「志乃、谷崎殿にご挨拶を」


 耳元で花奏の声が聞こえ、薄く涙を浮かべた志乃は、それを振り払うように大きく頭を下げた。



「お、お初にお目にかかります。志乃と申します」


「ほお、なんとも愛らしい。まだお若いゆえ、社交界は初めてですかな?」


 男性はまるで小さい子供にでも話しかけるように、腰をかがめると、にこやかに目を細める。


「は、はい……」


「堅苦しい会ではないですからな、ごゆるりとお楽しみなされ」


「……ありがとう存じます」


 志乃の声に男性は満足そうに笑うと、会場の奥へと消えて行った。



 志乃はゆっくりと頭を上げると、男性の後姿をぼんやりと見送る。


 きっと自分は妻としてではなく、花奏の親族の一人だと思われたのだろう。


 小さく息をつきそうになった志乃は、それでも首を振ると顔を上げた。



 ――こんなことで落ち込んでは駄目よ、志乃。



 今日は初めて、花奏の仕事の場に付き添っているのだ。


 たとえ周りにどう思われようと、妻とは紹介されずとも、花奏に恥をかかせないよう堂々と振舞わねば。



 ――五木さんも、自信をもてと言っていたもの。



 すると小さく手を握った志乃の隣で、じっと会場の奥を見つめていた花奏が振り返った。


「志乃、行くぞ」


 花奏の低い声に、志乃は大きく返事をすると会場の中に足を進めたのだ。


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