第二十三話 初めての社交界(二)
ガタクリと鳴る車に揺られながら、志乃は隣に座る花奏の横顔をそっと見つめる。
花奏は、冷たさを増してきた風に髪を揺らしながら、何かもの思いにふけるように、通り過ぎる海岸を見つめていた。
あれからも志乃と花奏の関係は変わっていない。
離れで二人きりで過ごすことはあっても、花奏は決して志乃には触れなかったし、夜に花奏の部屋に呼ばれることもなかったのだ。
しばらくして、小さく息をついた志乃が顔を上げた時、目線の先に広大な敷地に建つ建物が見えてくる。
車は敷地の前に来ると、そのまま鉄製の門をくぐり、西欧風の庭園をぐるりと回りながら建物の前に停車した。
「まぁ、なんて立派なお屋敷……」
車から降りた志乃は、思わず目の前の立派な洋館を見上げて声を出す。
ここは港近くの高台にある大きなお屋敷が建ち並ぶ地域だが、その中でもこの建物が別格だということは、志乃にも一目でわかった。
それ程この洋館は重厚で、圧倒的な存在感を放っているのだ。
「志乃、行くぞ」
花奏が低い声を出しながら、自分の腕を差し出す。
志乃は恥じらいながら、そっと花奏の腕に手をかけた。
歩くときはそうするのが西欧風の様式だと、五木から事前に厳しく言われていたのだ。
志乃はドキドキと鼓動を速めながら、細かい細工が施された石造りの階段を上る。
時折、慣れないドレスに裾を踏みそうになると、花奏が足を止めて声をかけてくれた。
――やはり、旦那様はお優しい……。
志乃の体温はどんどんと上昇していき、花奏の腕にかけた自分の手がひどく熱い。
すると、のぼせる様に足を進める志乃の前で、同じように男性に手を引かれて歩く婦人が目に入った。
山吹色のドレスを着こなし、ほほ笑みをたたえながら歩く婦人は気品に満ちており、控えめでありながらも優雅で大人の艶やかさを周囲に放っている。
志乃は思わず婦人に見惚れてしまった自分に気がつき、慌てて目を逸らした。
あの婦人に比べたら、なんと自分の幼いことか。
花奏はきっと今までも、あのように成熟した美しい貴婦人を、何人も見てきたのだろう。
――だから私を、お部屋にも呼んでくださらないのかしら……。
チクリと胸が痛み、小さく息をついた志乃は、そっと顔を上げてドキリとする。
花奏の優しい瞳は、志乃を包み込むように見つめているのだ。
途端に頬を真っ赤にした志乃は、その瞳に射抜かれて、自分が倒れてしまうのではないかと思いながら階段を上りきった。
「まぁ、あれは何ですか?」
ゆっくりと花奏と共に建物に足を踏み入れた志乃は、玄関の開けたホールの目線の先に、見慣れない色とりどりの光を放つガラス細工を見つけて思わず声を上げた。
「あれはステンドグラスだ」
鮮やかな花の絵を模したガラスを花奏が指さし、志乃は「まぁ」と再び感嘆の声を漏らす。
すると志乃の声に気がついたのか、恰幅の良い中年の男性がこちらを振り返り、にこやかにやって来た。