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第十七話 新しい朝(一)

 朝日がチラチラと瞼をくすぐり、鳥のさえずりと共に志乃は目を覚ました。


 ぱっと身体を起こした志乃は、昨夜の出来事を思い出して急に全身が熱くなる。



 ――私ったら、旦那様になんてことを……。



 いくら必死だったからとはいえ、花奏の背に手を回し、力いっぱい抱きしめてしまったのだ。


 今更ながら、なんて大胆なことをしてしまったのかと、赤面してしまう。


 そして「死神の旦那様のお側がよい」と大声で叫び、(しま)いには涙でぐちゃぐちゃになった顔で、怒ったように封筒に入ったお金までも突き返してしまった。



「旦那様は、はしたない娘だと、呆れておいでではないかしら……」


 次第に不安になってきた志乃は、そわそわと身支度を整える。


 いつもより丁寧に(くし)で髪をとかし、いつもよりしっかりと髪をまとめ髪に結った。



 鏡台を覗き込むと、やはり昨夜大泣きしたせいか、少し目が腫れぼったい気がする。


 志乃は自分の頬をパチパチと小さく叩き、「よし」と力強くうなずいてから立ち上がった。


 すると部屋の障子を開けた途端、向かいの部屋で同じように障子を開けた花奏と、ばったりと遭遇してしまった。



「きゃあっ」


 突然目の前に現れた花奏の姿に、志乃は軽く悲鳴を上げると、その拍子にストンと尻もちをついてしまう。


 そしてそのまま腰が砕けたように、立ち上がれなくなってしまった。



「おい、志乃。大事(だいじ)はないか?」


 するとすぐに花奏が志乃の前にかがみ込み、志乃の顔を伺おうとする。


「きゃ」


 志乃は再び悲鳴を上げると、ぴょこんと跳ねるように立ち上がった。



「も、も、も、申し訳ございません。旦那様……」


 志乃は顔を真っ赤にして、もじもじと下を向く。


 花奏は志乃の様子に、くすりと肩を揺らしていた。



 ――どうしたら良いの? 恥ずかしくて顔が上げられないわ……。



 すっかり下を向いて照れてしまっている志乃に、花奏がわざとらしく首を傾げている。



「そういえば今朝の味噌汁には、豆腐を多めに入れて欲しい気分なのだがな……」


 口元を引き上げた花奏の声に、志乃は再びぴょんと飛び跳ねると、ぴんと背筋を伸ばす。


「は、はい。すぐにご用意いたします」


 志乃は最後の言葉まで言わない内に勢いよく駆けだすと、脇目も振らずに、くすくすと笑う花奏の前を走り去った。



 志乃は庭先へ出ると、井戸水の入った桶でバシャバシャと勢いよく顔をすすぎ、ふるふると首を振った。



 ――もう私ったら、どうしたというの……。



 花奏の顔を見た途端、全身が熱くて熱くてたまらなくなり、真っ赤になった顔は、まともに花奏の目を見ることもできなかったのだ。


 小さくため息をついた志乃は、つい先ほど目の前で見た花奏の顔を思い出す。



 ――旦那様のお顔も声も、とても優しかった……。



 花奏は、今まではどことなく志乃に、距離を置いていたような節があった。


 それはきっと、志乃がいずれは実家に帰ると思っていたからだろう。


 でもさっきの味噌汁の話もそうだが、昨夜花奏が言った「志乃の好きにしろ」という言葉通り、花奏は志乃がこの家に(とど)まることを認めてくれたのだと思う。



「私、このままここに、いても良いのだわ」


 志乃は顔を拭った手ぬぐいを、キュッと握り締めながら顔を上げる。


 花奏を過去から救い出し、自分が守ると宣言したのだ。


「しっかりするのよ、志乃」


 志乃は自分に気合を入れ直すと、朝餉(あさげ)の準備をするために、元気よく炊事場に駆け込んでいった。


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