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第十五話 離れの人

 志乃のしゃくりあげる声が小さくなって来た頃、花奏が畳の上に落ちた封筒を拾い上げた。


「志乃、もうよい。夜も更けてきた」


 花奏はそう言うと、志乃の手に封筒を握らせ、ロウソクの火を消そうと仏壇の方へ向く。


「……待ってください」


 志乃は必死に声を出すと、封筒を握り締めながら顔を上げた。



 なぜ花奏が、死神と呼ばれるようになったのか。


 志乃は初めて、その理由を知った。


 でもそれはまだ、花奏の抱える本当の過去には近づけていない。



 なぜこの家に、多くの身寄りのない病の人を迎え入れるようになったのか。


 そして、花奏が亡くしたという身内は誰なのかは、わからないままなのだ。



 ――私は旦那様に聞かなければいけない。たとえ、嫌われたとしても……。



 それが花奏を過去から救う、一筋の光になるならば……。



 大きく息を吸った志乃は、意を決すると、不思議そうな顔をする花奏の瞳を見つめる。


「旦那様、お聞かせください」


「……何をだ?」


「なぜ旦那様は、身寄りのない多くの方を、この家に迎えられたのですか? そして……」


「そして?」


 花奏は首を傾げている。



「旦那様が亡くされたお身内の方とは……一体どなたなのですか?」


 真っすぐに響く志乃の声を聞いた途端、ロウソクの前に伸ばしていた花奏の手がぴたりと止まる。


「それを、どこで……?」


 目を細めた花奏の声は、さっきまでとは違い、驚くほど硬く聞こえた。



「田所先生から、お聞きしました……」


「田所から?」


 花奏は、小さく瞳を揺らすと、再び仏壇に向き直る。


 志乃はひるみそうになる自分を奮い立たせると、もう一度花奏に大きく問いかけた。



「旦那様が先ほど手に取った位牌は、その方のものですか?」


 志乃の声に、花奏は静かに目を閉じる。


 それからしばらく、花奏は硬く口を閉ざしてしまった。



 どれほど時間が経ったのだろう。


 時折ロウソクの炎が、チリチリと音を立てて揺れ、二人の影を浮きだたせた。


「志乃には言わずにおきたかったのだ」


 しばらくして、花奏が小さく口を開く。


「志乃には、このまま何も知らずに、この家を去って欲しかった」


「どういう、ことですか……?」


「話を聞けば、お前は俺がいかに(いや)しい男かを知ることになる」


 そう言いながら振り向いた花奏の瞳は、心もとなく揺れている。



「でももう、志乃には話した方が良さそうだな。なぜ俺が、身寄りのない者をこの家に迎え入れるようになったかを……」


 花奏は深く息をつくと、先ほどの位牌に目を向けた。


 今まで気がつかなかったが、戒名に“香”の文字が入っているその位牌だけ、周りと造りが違うように感じる。


 すると花奏が静かに息を吸った。



「これは、妹の位牌だ……」


「え……? 妹……様?」


「そう、たった一人、療養所で死んでいった妹のものなのだ……」


 花奏はそう言うと、ひどく苦しそうに顔を歪め、眉間に手を当てる。


「どういうこと……ですか?」


 志乃は呆然とその場に立ち尽くしてしまった。



 花奏の妹が、一人で亡くなったとは、どういうことだろう?


 療養所ということは、妹も肺を患っていたということか。


 戸惑う志乃に、花奏は息をつくと、小さくほほ笑む。



「志乃には、すべてを話そう」


 花奏は自分を納得させるようにそううなずくと、志乃を畳に座らせ、自分も隣に腰かける。


 そして過去を手繰り寄せるように、ひとつひとつゆっくりと口を開いていった。


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