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第十四話 死神の真実(一)

 志乃は、はぁはぁと息を切らしながら、木の戸をぐっと押し開けた。


 もう辺りは薄暗くなり、動き出した秋の虫たちが、あちらこちらで涼しげな音色を奏でている。


 志乃は慎重に砂利道を進みながら、そっと屋敷の奥の方へ顔を覗かせた。


 花奏の部屋には、ほんのりと明かりが灯っているのが見える。



 ――旦那様は、お屋敷におられるのだわ。



 志乃は再び足を進めると、胸元にあてた手をぎゅっと握り締めてから、玄関の引き戸を力強く開いた。



「おや、志乃様。今日はご実家に泊まられるご予定では?」


 土間にいた五木が、突然開いた戸に驚いたのか、目を丸くしている。


「そのつもりだったのですが……」


 志乃はそう答えながら、そっと奥の様子を伺った。


 屋敷の中はいつも通り静まり返っていて、奥から花奏が出てくる様子はない。



「お母上のお加減はいかがでしたかな?」


 五木が急須を持ち上げると、熱い茶を湯飲みに注ぎながら穏やかな声を出す。


 志乃は手荷物を台に置くと、姿勢を正した。



「今日、田所先生よりお話があり、母の病状はもう心配ないとのことでした。無事、回復したと思ってよいと」


「それは、ようございました」


 五木は満面の笑みを向けると、志乃の前にそっと湯飲みを置く。


 志乃は湯飲みを受け取ると、小あがりに腰を掛けた。



「あの、五木さん……」


 湯飲みに口をつけながら声をかけようとすると、五木は何やら探し物でもするように、脇に置いてある棚をごそごそと探っている。


 しばらくして五木は、何かを盆にのせ、志乃の前に現れた。


「これを志乃様に。旦那様よりの、お気持ちです」


 五木が差し出した盆には、封筒が置かれている。


「旦那様から……?」


 志乃は小さく首を傾げると、ずっしりと厚みのある封筒を手に取った。



 不思議そうに中を開いて覗き込んだ志乃は、途端にはっと息を止める。


「五木さん、これは……? これは一体、何のお金ですか!?」


 大きく問いただすような志乃の声に、五木は少し困ったように眉を下げた。



「今までのお礼でございます。お母上の病状が心配なくなった今、志乃様は自由でございます。いつまでも、ここにいる必要はございません」


「そんな……」


 志乃はひどく傷ついた顔を上げると、五木の顔を見つめた。


 五木は慌てて志乃から目線を逸らすと、目尻を手ぬぐいでゴシゴシと拭った後、鼻をかんでいる。


「これはいわば、手切れ金ということですか……?」


 志乃の震える声に、五木は何も答えない。



「それにしても、こんな形でここを去るのは、志乃様が初めてですなぁ」


 しばらくして五木は、わざとらしく明るい声を出すと、再び鉄瓶を持ち上げ、急須にお湯を注いだ。


 志乃は封筒を両手でぎゅっと握り締めると、五木の横顔を見つめる。



「それは、今までの方は皆、この家で亡くなったからですか?」


「まぁ、そうですなぁ……」


「旦那様が、死神だからですか?」


 志乃の声に、五木は何も答えずフォッフォッという笑い声だけを響かせた。



 五木はそのまま急須を持つと、腰をさすりながら炊事場に歩いて行く。


 水道からポチャンと洗い桶に、水が一滴垂れて跳ねる音がした。



「五木さん、一つ伺っても良いでしょうか?」


「はい、何でございましょう?」


「離れの箏は、どなたのものですか?」


 志乃の声に、五木はぴたりと手を止めると、「そうですなぁ」と小さくつぶやく。



「あの箏は、お亡くなりになった、旦那様のお身内の方のものなのですよね?」


 志乃の硬い声に、五木が細い目をさらに細めた時、ギシッと廊下を歩く音が聞こえた。



 慌てて顔を上げた志乃は、薄暗い廊下から現れた姿を見て、はっと息を止める。


「旦那様……」


 志乃はそうつぶやきながら、どうしようもなく自分の胸が、ぎゅっと苦しくなってくるのがわかった。



 そして志乃はその時、はっきり悟った。


 田所から話を聞き、ほんの少しだけ見えてきた花奏の過去。


 花奏を支えたいと思い、ここに戻ってきた自分の想い。


 それらすべての感情が一瞬で消えてしまうほど、ただ自分は花奏に愛されたいと願っているのだと。



 ――あぁ私は、心から旦那様をお慕いしている。



 すると下から見上げる志乃の手に、封筒が握り締められているのを見て、花奏が小さく息を吸うのが伝わった。



「志乃、奥へ」


 花奏はそう言うと、くるりと志乃に背を向ける。


 志乃は「はい」とうなずくと、静かに部屋に上がった。


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