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第十三話 死神の戸惑い(一)

「旦那様、良いのでございますか?」


 五木は花奏から渡された、厚みのある封筒を受け取ると、そっと中を確認する。


 そこには、かなりの額の紙幣が入っていた。


 五木はため息をつくと、もう一度顔を上げる。



「まだ母親は回復したばかり。そう急がずとも、良いのではありませぬか?」


 諭すような五木の声に、花奏は仕事の資料に目線を落としたまま口を開いた。


「これが志乃にとって、一番良い方法だ」


「そうでしょうか? 私には旦那様が、無理やりご自身に、そう言い聞かせているようにしか見えません。旦那様は、戸惑われているのです」


 五木の声に、花奏はぴたりと動きを止める。



「俺が、何に戸惑っているというのだ」


 顔を上げた花奏に、五木が一歩近づいた。


「お心が、次第に志乃様に惹かれていることにです」


「五木、お前は何を……」


 花奏は視線を泳がせると、五木から目を逸らす。


 五木は、さらに一歩花奏に近寄った。



「坊ちゃん……」


 そう花奏に呼びかけた五木の声は、わずかに震えて聞こえる。



 もしや五木は泣いているのだろうか?


 動揺した花奏が、再び五木を見上げた時、五木がゆっくりと口を開いた。



「坊ちゃん。もう過去に(とら)われるのはおやめなさい。香織(かおり)様とて、坊ちゃんの幸せを願っておいでのはずですぞ」


 穏やかだが重い五木の声は、静まり返った部屋に響き渡る。


 花奏は五木から発せられたその名を聞いた途端、頭を殴られたかのような衝撃を受け、一瞬動けなくなった。



「五木お前、今何と……」


 花奏は震える拳をぐっと握り締めると、静かに立ちあがる。


「香織お嬢様が今の坊ちゃんを見て、喜ぶとお思いかと、言っているのでございます」


「五木!」


 五木の言葉が言い終わらない内に、花奏は大きな声を出した。


「それ以上は、いくら五木といえど許さんぞ……」


 張り詰めた空気が、二人の間を流れる。



 どれくらい時間が経ったのだろう。


 花奏ははっと我に返ると、再び椅子に腰を下ろした。


「大きな声を出してすまぬ」


 花奏はそれだけを言うと、五木から目を逸らし、仕事の書類を机に広げる。



 五木は小さくため息をつくと、受け取った封筒を盆にのせた。


「出過ぎたことを申しました」


 五木は丁寧に頭を下げると、丸く小さくなった背中で、部屋を出て行った。



 静かに障子が閉じられ、五木の足音が遠くに消えていく。


 花奏はその音を聞きながら仕事の手を止めると、書斎机の引き出しをそっと開けた。


 引き出しの中には、丁寧に重ねられた手紙が入っている。


 花奏はその“死神の旦那様へ”と書かれた手紙の束を、そっと指でなぞった。



 志乃に『もう手紙を書く必要はない』と、突き放すようなことを言って以来、志乃からの手紙は置かれていない。



 ――あれだけきつい言い方をしたのだ。当然のことだ……。



 花奏はそう自分に言い聞かせる。


 でもその一方で、自分は今でも志乃からの手紙を待っているのだと、痛いほどに気づかされる。



 ――自ら突き放す言葉を吐いておきながら、何てざまだ。



 花奏は大きくため息をつくと、椅子にもたれかかり天井を見上げた。



「五木の言う通りだ……」


 花奏の口から、言葉が漏れ出る。



 志乃のことは、初めは何とも思っていなかったはずだ。


 新しい妻といっても、ただ金のためにここに来ただけの、それだけの娘だと。


 いずれ母親が回復すれば実家に戻る身。


 だから顔を会わせる必要もないし、興味を持つこともないと思っていた。


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