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第九話 死神の正体(三)

 志乃は今にものぼせそうになった顔のまま、谷崎の背中を見送る。


 すると志乃の肩を抱く男性から、大きなため息が聞こえてきた。


「きゃ……」


 志乃は急に我に返ると、ぴょんと飛び跳ね、慌てて男性の腕から逃れる。



「あ、あ、あの……」


 どうしたら良いのだろう。


 何か言わなければならないのに、何も言葉が出てこない。


 まずはこの美しい男性が誰なのか、なぜ自分を連れだと言ったのか、聞かなければいけないのに。



 すると男性は腕を組むと、再び大きく息をついた。


「お前はとても危なっかしい。見ているこちらの身が持たん」


 つぶやくようなその声に、志乃は「え?」と顔を上げる。


 男性は自分のことを知っている?



「あの、あなた様はいったい……」


 志乃がそこまで言いかけた時、遠くから何やら叫び声が聞こえてきた。


 見ると真っ赤な顔をした五木が、鬼の形相で駆けてくるではないか。


 志乃は思わず「きゃっ」と悲鳴を上げると、そっと後ずさりした。


 五木は志乃の前まで駆け込んで来ると、怯える志乃の様子はお構いなしに、ずいっと鬼の顔を覗き込ませる。


「志乃様! 勝手にどこかへ行くとは何事ですか!」


 普段は穏やかな五木の怒鳴り声が響き渡り、志乃は途端に身を縮こまらせた。


「も、申し訳ございません……」


 蚊の鳴く様な志乃の声にも、五木の怒りは収まらない様子だ。



「五木の身にもなって下さいませ! もう肝が冷えて冷えて、生きた心地がしませんでしたぞ! 五木を殺す気ですか!」


 五木はそこまで一気にまくし立てると、初めてはたと志乃の隣の男性を見上げる。


 そして大きく身を翻した。



「だ、旦那様!」


 五木の驚愕したような声に、志乃はビクッと飛び跳ねる。


「旦那……様……?」


 志乃はそうつぶやきながら、五木に向かってやれやれと、あきれ顔をしている男性を見上げた。



 あの日、この世のものとは思えない程、儚く美しいと思った人。


 運命的に出会ったその人が、自分の旦那様であり、皆から死神と呼ばれる人だったというのか……?


 志乃はその事実が信じられず、瞳を大きく揺らしながら、もう一度顔を上げる。



「本当にあなた様が……死神の旦那様なのですか……?」


 たどたどしく声を出す志乃に、死神はそっと目を細めると、静かに口を開く。



「志乃、外ではその名で呼ぶな。俺の名は花奏(かなで)だ。斎宮司花奏」


 低く艶のある声が耳元に響き、志乃の頬にパッと赤みがさした。



「斎宮司……花奏様……」


 ずっと名も知らず、会うことも叶わなかった死神の旦那様。


 毎日毎日、手紙を書き続けたその人が今、志乃の目の前に立っている。



 ――あぁ、どうしたらいいの。



 志乃は胸がいっぱいで、思わず瞳が潤んでくる。


 すると目頭を押さえる志乃の姿に気がついた花奏が、そっと白いハンケチを握らせた。



「志乃、もういい」


「……はい」


「車を待たせてある。五木、帰るぞ」


 花奏はそう言うと、くるりと背を向け、自動車が停まっている方へと歩き出す。



 志乃は顔を上げると、その背の高い後ろ姿に揺れる、長い髪に目を向けた。


「花奏様……」


 志乃はもう一度、自分の中で小さくつぶやく。


 ずっと知りたかった名は、なんと素敵な響きなのだろう。



 志乃は花奏に渡されたハンケチを胸に当てると、先を行く花奏の背中を追って駆けだした。


 そんな志乃の後ろからは、五木のフォッフォッという笑い声が、風にのって高らかに響いていた。


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