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第六話 死神の本心(二)

 手紙は線の細い字で丁寧に書かれている。


 ふとその柔らかな文字と、箏を弾く志乃の指先が重なった。


 花奏はその文字をじっと目で追う。


 手紙には、名前も知らぬ自分への感謝が、何度も綴られていた。


 ひたすらに母や妹の事を思い、大切にしてきたであろう志乃の優しさが伝わってくる。



「志乃様は、早く旦那様にお会いになりたいようですぞ」


 背広を片付けていた五木が、背中越しに声を出し、花奏ははっと顔を上げた。


「そうそう。志乃様には、斎宮司家(さいぐうじけ)に代々伝わる、ぬか床の作り方もお教えせぬといけませんなぁ。後は梅干しと……」


 花奏の様子に構わずに言葉を続ける五木に、花奏は手紙を机に置くと厳しい目を向ける。



「五木、わかっているのだろう? 俺は志乃に会う気はないし、名乗るつもりもないのだと」


 花奏の固い声に、五木は振り返ると、穏やかな視線で花奏を見つめた。


「なぜでしょう? なぜ旦那様は、そこまで(かたく)なになられるのですか?」


「それは……」


 花奏は口を閉ざすと、立ち上がって縁側に向かう。


 今宵の月は、ほろほろと光を零すように、儚げに浮いていた。



「……志乃のためだ」


 花奏はしばらくして、低い声を出す。


「志乃様の?」


 五木は不思議そうな顔で聞き返した。



「聞けば、志乃の母親は回復の見込みがあるという。今までの、死んでいった者たちとは違う。母親が回復したあかつきには、俺は志乃を実家に戻すつもりだ」


「実家に戻す!? なぜ、そのようなことを?」


 驚いたのか、五木の声が少々大きくなる。


 花奏は振り返ると、五木の顔を正面から見据えた。



「今回の話は、元はといえば田所に言われて受けたようなもの。本来の俺の意向とは異なる」


「それはそうかも知れませぬが……」


「志乃はまだ若い。死神の家に嫁いだと噂になれば、志乃の将来に傷がつく。このまま死神と会わずに、自由になるのが志乃のためだ」


 すると再び口を閉ざした花奏の隣に、五木がそっと歩み寄った。



 こうして並んでみると、五木もだいぶ歳をとった。


 背中は曲がり、いつの間にか髪の毛も真っ白になっている。


 五木は元々、花奏の父に仕えていたが、花奏が生まれてからは世話係として常に側にいる存在だった。


 本来であればそろそろ隠居して、余生を静かに過ごしたい頃であろう。


 それでも死神と呼ばれる花奏のため、今もこうして文句も言わずに仕えてくれている。



 ――だからこそ五木は、今までの者とは違う志乃を、いたく気にかけているのやもしれぬな。



 花奏がそう思っていると、五木が「……坊ちゃん」と静かに声を出す。


 五木が“坊ちゃん”と呼ぶときは、決まって説教するときだった。


 でも今の五木の顔つきは、それよりももっと慈悲深い。



「田所先生がお救いになりたいのは、志乃様のご家族だけでなく、坊ちゃん自身なのではございませぬか?」


 花奏は五木の言葉に一瞬戸惑う。


 五木は何を言わんとしているのだろうか。


「どういう意味だ……?」


 その真意がわからず首を傾げた花奏に、五木はただほほ笑むだけで、それ以上は何も答えてくれなかった。



 すると開けた障子から、ヒュッと風が吹き込み、花奏の長い髪を大きく揺らす。


 まるで心が揺れている自分を、たしなめるかのように……。



 しばらくして、戸惑う花奏の様子に気がついたのか、五木がポンと小さく手を叩いた。


「さぁさぁ、まだ夜は冷えますゆえ、旦那様も早くおやすみなさいませ」


 五木はそう言うと、静かに雨戸を閉じた。



 花奏は一人部屋に戻ると、志乃の手紙を再び手に取る。



 “死神の旦那様へ”



 花奏はその文字を小さく指でなぞると、そっと引き出しにしまい込んだ。


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