第五話 死神の家(三)
それからも黙々とおにぎりを握り、気がついた頃には数えきれないほどの“おにぎり弁当”が目の前に出来上がっていた。
「旦那様は、こんなにたくさんのおにぎりを、どうされるのですか?」
志乃が顔を上げると、五木は出来立ての弁当を、竹で作られた四角い籠に詰めているところだった。
「旦那様は定期的に、ある所に届けられているのです。心待ちにされている方も、おりますからなぁ」
「ある所……?」
この弁当を心待ちにしている人たちとは、どういう人なのだろう?
志乃が不思議そうに首を傾げていると、五木が「そうそう」と声を出す。
「これを志乃様の妹様たちに。旦那様からのお土産でございます」
そう言って五木が志乃の手にのせたのは、何やらアルファベットが書いてある小さな紙の箱だ。
「これは?」
「チューインガムというお菓子だそうですよ。噛んで味を楽しむものだと言っておりました。とても甘いのだそうで、きっと妹様たちも喜ばれるでしょう」
「チューインガム……? そんな珍しいものを妹たちに。良いのでしょうか?」
「はい。どうぞお持ちください」
志乃はまじまじとその色彩豊かな、外国の絵が描かれた箱を見つめる。
死神は、誰かのために弁当を用意し、志乃の妹たちをも気づかうような人……。
でもその一方で、街の人からは恐れられ、事実仏壇には数えきれないほどの位牌が置いてある。
――旦那様とは、いったいどのような方なの……?
志乃の中で何かが、ことりと音を立てた。
死神に対する印象が、どんどん変わっていくのだ。
――旦那様にお会いしてみたい……。
そう思った途端、志乃の中でその気持ちは、みるみる大きく膨らんでいく。
実際に会って、死神がどのような人なのか確かめたい。
志乃はたまらずに、出かける支度を始めた五木に駆け寄った。
「あの、五木さん……」
志乃は手に持った小箱を、大切そうにぎゅっと胸に当てる。
「私を旦那様に、会わせてくださいませんか? ぜひ、直接お会いして、お礼がしたいのです」
志乃の切羽詰まったような真剣な表情に、はじめ五木は驚いたように目を丸くしていたが、しばらくして静かに首を横に振った。
「それは私の一存では、決めかねるのでございますよ。旦那様がいつお戻りになるかも、私はわからないのです」
五木の声に、志乃はしゅんとして頭を下げる。
妻になったというのに、一度も顔を会わせず、これでは本当にただの使用人ではないか。
すると落ち込んだ志乃の様子を見て、五木がポンと手を叩いた。
「では志乃様。旦那様に手紙など書いてみてはいかがでしょう? それであれば、いつでもお読みになれますし、志乃様のお気持ちを伝えられますでしょう?」
「手紙……?」
志乃は、はっと顔を上げると慌てて下駄を脱ぎ、土間から自分の部屋へと駆けだす。
五木はそんな志乃の様子に小さく肩を揺らすと、フォッフォッと笑い声を立てながらまた支度にとりかかった。
志乃は自分の部屋に入るなり、脇に置いてある文机の引き出しを開けて、紙と鉛筆を取り出した。
でもすぐに思い直して、墨と硯を用意する。
志乃はしばらく筆を口元に当てると、じっと思いふけった。
初めて死神に宛てて書く手紙。
それはまるで、おとぎ話に出てくる殿方に恋文を送るような、どきどきとした新鮮な気持ちだった。
「よし」
心を決めた志乃は、顔を上げると、硯に向かって丁寧に墨をすりだした。
そして筆を持ち、黒々と艶のある墨にそっと筆先を浸す。
志乃は一旦息を吐くと、紙に向かってさらさらと文字を綴りだした。
“拝啓 死神の旦那様”と。




