フラーナは魔女
「それにしても、フラーナがウチに来るなんて珍しいな」
オレはフラーナを客間まで案内し、紅茶を振る舞いながら尋ねた。紅茶を淹れたのはアリューシャだが。
「そうだな。用が無ければここには来ない」
「つまり、ここに来たって事はそれなりの用件って事か……」
「そうだ」
「じゃあ帰ってくれ」
「は?」
間髪入れずにそう言った。
「お前がわざわざドレス着てまでそう言ってくるって事は、それだけ面倒くさい案件なんだろ? やだよそんなの、オレはまだ死にたくない」
「そこまで言うか?」
「ああ言うね。前回はサーベルウルフの牙が欲しいとか言って火山地帯まで連れていかれて危うく噴火に巻き込まれかけたし、その前は野良サキュバスを捕まえたいとか言ってオレを媚薬塗れにして陰の森に放り込んだだろうが! 忘れたとは言わせねえぞ!」
「ああ、そんな事もあったなぁ……」
「て、てめ……!」
しらを切るフラーナに、ふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じる。
「だが、今回ばかりはそんなものとは違う。もっと大真面目な話だ」
「はぁ……?」
いつになく、低い声で静かに語るフラーナ。
いつものどこか無機質な感じとは違う、どこか切羽詰まったような雰囲気を感じ取った。
「……何があったんだよ?」
「うむ。実はな……」
「じ、実は……?」
「実は……」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「……私の屋敷が、吹っ飛んだ」
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙。
そして。
「帰れ」
オレはフラーナを部屋からつまみ出そうと手を掴んだ。
「ま、待て待て! 痛いんだが……!」
「いーや、待てん。っていうかお前、屋敷くらい自分で直せるだろうが!」
「それが出来ないから、こうして訪ねて来てるんだろうが……!」
ギリギリと激しい攻防を繰り広げながら言い合うオレとフラーナ。
「ハァハァ……。ったく、どういう事だ?」
「ハァー……。とりあえず、席に着かせてくれ。あと紅茶も飲みたい。喉が渇いた」
「へいへい……」
「私が住んでいた屋敷のところに、魔域が出現した」
紅茶を飲んで一息ついたフラーナは、ゆっくりと語り始めた。
「ラグナ。お前は魔域というのは知ってるな?」
「当然。というか、それの除去はオレの仕事のひとつだし」
魔域というのは、魔素の濃度が急激に上昇した危険なエリアの事だ。
腐蝕花という植物が空気中の魔素を吸って巨大化。その溜め込んだ魔素を周囲に吐き出して魔素濃度を上げ、種をばら撒く。その種が魔素を吸い上げて新たな腐蝕花となり、さらに魔素を吐き出す……。
それを繰り返していく事で、魔域が出来上がる。
魔域は魔素濃度が通常の3000倍以上で、そこでは魔法はほとんど使えない。
そればかりか、魔術師にとって濃すぎる魔素は毒であり、魔域に近づく事すらままならない。
「けど、お前なら何とかなるだろう? 魔術師を超えた魔法使い、世界に7人しかいない"魔女"なんだから」
「ああ、普通ならな。だが、厄介な事がさらにあってな」
「まだ何かあるのか?」
「魔域に、魔素喰らいの獣が棲みついたんだよ」
「げぇ」
マナイーター。
魔素喰らいの獣の異名を持つ、魔術師たちの天敵のような存在。
奴らに噛み付かれた者は、魔力だけでなく魂まで食い尽くされるとさえ言われる、凶暴な魔獣だ。
魔素を糧とする奴らにとって、魔域はこれ以上ないほどの棲家だろうし、腐蝕花にとっても自身を守ってくれる用心棒のような存在に思っているだろう。
魔域は、彼らにとっては双方に利のあるエリアとなっている。
なるほど。
確かに、魔域に加えてマナイーターまでいるとなれば、いかに魔女とはいえ手こずるか……。
でも、言ってしまえば手こずるだけだ。
フラーナは希少な魔女であり、魔術師千人がかりでも圧倒出来るだけの魔力を有している。彼女の相手が出来るのは、同じ魔女しかいないだろう。
多少手こずるだけで、自分でもどうにか出来るはずなのだ。
つまり……。
「……その魔域に、別の魔女がいるって事か?」
「そういう事だ。正しくは、"別の魔女が腐蝕花を外から操っている"ってところだな。腐蝕花を操って濃度を調整し、マナイーターを誘導して私の屋敷を壊して嫌がらせをしてきたのだ」
「じゃあマナイーターを最初に倒せば良いだけだろう」
「それは既に試したが、案の定妨害された。魔女対策…いや、私への対策がきっちりと出来ている証拠だ。そんな奴は1人しかいないが」
正体分かってるんかい!
「そいつを先にどうにかしないといけない訳か……」
「うむ。向こうの魔女の事は私がどうにかする。お前には、マナイーターの相手を頼みたいのだ」
「なるほどな……」
マナイーターは魔術師の天敵ではあるが、戦闘能力自体はそれほどでも無い。
純粋な戦士や騎士であれば十分対応可能な相手だ。
だからフラーナはオレを訪ねてきたのか……。
「分かった。受けてやるよ」
「本当か?! 助かるぞ!」
「ただし! 報酬はきちんといただくからな。ウチはこれでも貧乏なんだから」
「分かってる分かってる。"氷華の魔女"の名にかけて、報酬はしっかりと払おうぞ」
「よし」
これで言質は取った。
魔域は何度か駆除しているし、マナイーターともやり合った事はある。
相手の魔女はフラーナが何とかしてくれるという事だし、ちょっとキツいがまぁ大丈夫だろう。
「あ、でも一応冒険者ギルドのバレンさんには話しておくからな。魔域はギルドにとっても重要案件だし」
「であれば、私の書状を持っていけ。魔女直筆の手紙があれば、文句なしで通るだろう」
「助かる」
よし、これで審査はスルーパスだな。時間短縮になって非常に助かる。
「それはそうと、お前どういうつもりだ?」
「? 何の事?」
「とぼけるな。アレだ、アレ」
フラーナが指差した先には、廊下をモップで掃除しているリセの姿があった。
「アレはローレライだろ? どうしてここにいるんだ?」
「お、よく分かったな。さすが魔じょ…ぐえええっ!」
ギチギチとフラーナの指がオレの喉に食いこんでいく。
「ローレライは危険な魔物だ。声を聞いただけで幻覚、歌を歌えば催眠にかけられて死へと誘う。声を封印されているとはいえ、街中で飼うのはあまりにも危険過ぎる……」
「おい」
「何だ?」
「訂正しろよ」
「は?」
「飼うって何だ? あいつは、リセは物じゃねえ、人だ」
「……何を言っている?」
「リセは確かにローレライで魔物だ。だが、あいつは言葉が分かる。オレ達と会話が出来る。あいつはもう、オレの家族だ」
「…………はぁ」
そっとオレから離れるフラーナ。
そして。
「…………ふはっ」
軽く笑みを零した。
「そうかいそうかい。ラグナ、お前はそういう奴だったな。悪かったよ」
「分かってくれりゃあ良いのよ」
「そうだな。お前がそういう奴だから、私は……」
「あん?」
「いや、なんでも無い」
こいつ今、何を言いかけたんだ?
「それじゃ、お前の準備が出来次第出発だな。私は少し休ませてもらうよ」
「は? まさか、ここに泊まる気か?」
「当然だろう? 私の屋敷は魔域の中だ。魔女が占領しているところにノコノコと戻れる訳無いだろう」
「お前も魔女だろうが……」
「そう、私も魔女だ。だから私1人では分が悪いからお前に助っ人を頼みに来たんだぞ?」
「…………」
1度こうなったコイツには、口論じゃあ絶対に勝てない。
オレは諦める事にした。
「しょうがねえなぁ。……アリューシャ!」
「はい、何でしょうか?」
「フラーナを部屋に案内してあげてくれ。オレは明日の準備をするから」
「分かりました。……フラーナ様、どうぞこちらへ」
「うむ。苦しゅうない」
誰ですか、お前?
と心の中でツッコミを入れつつ、オレは早速魔域駆除の準備を始めた。
(……アイツ、アリューシャの事気づきそうだな……)