3 モデルラボ社長 コスメ
3
その後、大学に進み、卒業して、市役所に就職したリカは、黒ぶちメガネにウィッグをつけて、出勤している。ここでは、おしゃれはあくまでも地味で、服装も気を遣うように注意を受けている。リカは、逆に、その点が気に入って、就職を決めたのである。
事務仕事は、好きなので苦にならない。ただ一日中座りっぱなしは脚がむくみそうだけど。
すると、お昼の時間がやってきた。
「あっ、とりあえずお昼だわ。脚立さん、一緒にお昼行かない?」
同僚の鈴木さんは、2年先輩で、毎日のように、新しいご飯屋さんを探している人。この人に教えてもらえば、安くて美味しいお店に行かれること間違いないのです。
「じゃ、一緒にお願いします。」
この辺は、ご飯屋さんやカフェなど、とにかくお店が多いし、メニューが多いお店が多いので、毎日違うメニューを食べても、同じものに当たることがない。ここの市役所で働くことの魅力は、こんなところにもあるのです。
「今日は、ここのカフェにしない。ここの日替わりランチは、なんと、ワンコイン、500円なのよ。それなのに、今日は、クリームコロッケに、サラダとスープがついて、もちろん、パンかライスもついてるの。」
「すごい、安いわ。庶民の味方ね。」
お店は、なんて女子が多いのかしら。女の人はよく知ってるわね。
やっときました。クリームコロッケは、ちょっと小さめのが2つ、小さいけど、値段からしたらこんなものね。でも、サラダもついてるし、この値段でスープついてくるのはなかなかない。
ここが良いのは、実はもう一つあって、500円毎に一つ付くポイントよ。50ポイント溜まると、500円分が無料になる。それも期限なしで、最高なのよ。
2人は、雑談しながら、食べている。やっぱり、ここのランチは、最高、こんなに安くて美味しいのは、なかなかないでしょう。
満足した2人は、午後の仕事に戻り、4時間半頑張って、帰宅時間に。就職してからは、一人暮らしをしているリカは、帰りにスーパーで買い物をする。スマホには、買い物メモを入力してあるのを確認。ところが、スマホが見当たらない。結局、見つからず、よく考えたら、お昼食べたカフェに忘れたに違いない。急いで、カフェに行って、お店の人にきいてみたが、忘れ物のスマホは届いてないという。とりあえず、自分のスマホに電話してみると、すぐに誰かでてくれた。
「あっ、もしもし。あの、私、そのスマホの持ち主なんですが。」
すると、若い女性の声。
「ああ、よかった。私、カフェで忘れ物みつけたんですけど、お店の人がとても忙しそうで、お店の人に預けられなくて、持って帰ったんです。今、どこですか。」
その忘れたカフェにいることを伝えると、持ってきてくれることになった。ほどなくして、若い女性がやってきた。
「ここですー。私です、スマホ忘れたの。」
笑いながら、こちらに急いでやってくる女性。とても、優しそうな笑顔。
「ごめんなさい、待ったでしょう。」
「とんでもないです。よかった、見つかって。ありがとうございます。せっかくなので、ちょっとお茶でもどうですか。」
リカは、受け取ったら、すぐに帰るつもりだったのだが、その女性の笑顔があまりに心地よくて、ちょっと話しをしてみたくなってしまった。
「えっ、そんな、いいですよ。」
帰ろうとするが、ちょっとだけ、強引に勧めてみると、オーケーしてくれた。
「本当に、ありがとうございます。夕方まで、全然気づかなくて。」
「実は、私も最初、全然気がつかなかったんです。お店に入ったのが夕方だったから、お昼に忘れてたの誰も気がつかなかったんですね。」
「ここには、よくくるんですが、いつもは、日曜日とか休みの日ですね。今日は、たまたま来たけど。」
「そうなんですか。私は、市役所に勤めてて、ランチにくるだけですね。」
「そう、ランチ、安くて美味しいですよね。私、休みの日に仕事をしに、ここにくるんです、コーヒーも美味しいですよ。」
「えっ、休みに仕事をここでしてるんですか。」
「実は、私、雑誌の出版社に勤めていて、雑誌の任されているページの原稿を書くのに、パソコン持ってきて、コーヒー一杯でねばるんです。」
「えっ、そうなんですか。面白そうな仕事ですね。」
「そうですね。側からみるとそうみえるかもしれないですが、締切もあって、けっこう大変ですよ。」
リカは、この女性と話していて、本当に心地よさを感じていて、また会いたくなってしまった。
「あのう、、こんなこと言っていいのかわからないんですが、また会ってもらってもいいですか。」
「ぜんぜん、いいですよ。じゃあ、ライン交換します?私、素根浦 朝美、って言います。」
「私は、脚立理香、です。よろしく。」
それから、ひと月に何回か会うようになり、なぜかこのカフェで会うことがほとんどだった。彼女は、雑誌の編集にも関わっているし、もちろん新しい企画の発案もする。その上、自分の担当のページも任されていて、色々と話しを聞いていると、1日の仕事をこなせば、休みの日も仕事と関係ない自分とは大違いで、大変だと思った。そこで、時々、自分のアイデアを聞いてもらったりすることもあり、彼女の仕事に興味を持っていた。
すると、ある日、彼女から、
「リカ、実はね、今やってる雑誌の、私が担当してるページなんだけど、素人女性のプライベートファッションを紹介する記事で、半ページ、一人分の記事が足りなくて、リカにお願いできないわよね。」
美人をあえて隠している自分には、どう考えてもメディアに載るなんて考えられない。だけど、あさみが困ってる時に助けたいと思ってるし、いつも、あさみは仕事が大変なので、いつでもできることはやってあげたいと、リカは、そう思っていた。
「そうだ。私は、そういうのに出るのは苦手だけど、出てくれそうな友人を紹介するわ。それで、どう?」
「えっ、本当。助かるわ。ぜひお願いしたいわ。」
リカは、もちろん自分が行くつもりで考えていたが、今のやぼったいままだと、さすがにあさみの記事に提供するのは恥ずかしいし、あさみにかわいそうなので、ウィッグをとって、メイクもほんのちょっとだけ、自分をみせて、今よりはちょびっとだけかわいく見えるように研究をした。しかし、あくまでも程度を抑えて抑えて、を忘れずに。もしやりすぎて、今後もお願いしたいとか言われたら、ここまできたことが水の泡になるので、本当に気をつけた。あさみと撮影の日取りを決めて、自分は、都合が悪くなったから、友人が1人で、現場に行くと言って、約束をした。
「はじめまして。私は、鈴本莉子、って言います。」
名前は、もちろん偽名だし、なかなか思いつかないので、市役所の同僚の鈴木さんをちょっとだけ変えて、鈴本さんに、それから、名前は、これがまたなかなか思いつかないので、理香を、ちょっとだけ変えて、莉子、にした。それに、あとは声のトーンを変えてみた。幸い、あさみは気づかない。
「私は、素根浦 朝美、っていいます。今日は、本当にありがとうございます。助かります。鈴本さんと脚立さんは、お友達でもずいぶんとイメージが違いますね。驚きました。」
その後、撮影は順調に進み、わずか2時間で撮り終えた。
「こんなにスムーズに進むなんて珍しいですよ。本当に助かりました。ありがとうございました。お茶でもしませんか。」
そう言われても、とにかく声を作るのが、もう限界に来ていたので、
「ごめんなさい。ちょっとこれから用事があるので、これで帰りますね。」
「あら、残念だわ。今日は、本当にありがとうございました。」
慌てて、そそくさと帰っていくリカ。その後、初めて、あさみと会ったリカ。
「こないだは、行かれなくてごめんなさい。撮影、うまく行ったんですって。よかった。莉子から聞いたわ。」
「そうなのよ。なんだか、初対面のような気がしなくて、スムーズに撮影が終わって、本当によかったわ。鈴本さんって、かわいい人ね。あのページにあっていて、とてもよかったわ。あの人なら、また違う機会にお願いしたいかも。」
「えっ、本当。だけど、あの子も、本当は内向的で、なかなか気が進まないって言ってたから、どうかなあ。」
あぶないあぶない、ちょっとあさみに気に入られたかも。あまり可愛くならないように考えたのに、ちょっと予想外よ。
この撮影の記事によって、雑誌の記事はすべて収まり、編集作業は終了し、仮の見本雑誌が完成した。
あさみの勤める、何野雑誌出版社は、雑誌の発売を目前にして、とても忙しくしていた。そこへ、訪ねてきた1人の女性。彼女の名前は、小染真希通称 コスメ。社長であるが、時々、コスメとも呼ばれる。その化粧の腕前は、プロ同士でも賞賛するほど。メイクアップワールドコンテストで圧倒的な腕前を見せるが、知識人たちの内部操作により、2位になり、優勝を逃し、その後、表舞台から去り、モデル事務所モデルラボ を立ち上げる。
「ハーイ。あさみ。頑張ってる。どう?雑誌の方は。最近は、本当に雑誌が売れなくなったわね。 ネットでみてもらうのもいいけど、数日で情報が古くなるから、参るわね。これ、今回のあなたの記事ね。素人さんのプライベート着こなしファッション、かあ。最近は、素人さんもおしゃれだからね。けっこう見逃せないのよね。ちょっと見せて。」
そして、ペラペラと気軽にめくっていく。すると、はっとなって、手が止まった。じっくりと凝視しているページ。それは、リカが変装して撮影したページであったが、コスメは、何か引っかかったようだった。
「ねえ、この人、どこの人?」
それは、まさに、リカのことを指している。
「ああっ、この人は、私の友達の知り合いよ。今回のこの記事に足りないことを話したら、友達から紹介してもらった人なの。なんか気になったの?」
「ねえ、あさみ。これ、けっこう、大事な話しになるかもしれないんだけど、この子、紹介してもらえない。」
「一応、聞いてみるけど、なんか内向的な人で、今回の記事だけって言ってたわ。聞いてみるけど。」
「お願いね。頼むわよ。」