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手帖と組紐と勲章と鉱石  作者: yuzoku
組紐の章
8/10

一滴の粒 〜stationary front〜

モデルの街:ニュージャージー州の住宅街 (アメリカ)

 キレイに高さを揃えられた芝生の庭の奥には、大きな窓がいくつもある家。

 隣には、ツートーンで構成されたレンガ作りの家。

 さらに隣には、大きなヤシの木で囲まれた家。

 それぞれ全く違うデザインの家が、通りに立ち並ぶ。


 血管が浮き出るほど華奢な体をしたご婦人が、ふわふわの毛をした犬を連れて散歩している。ご主人さまとお揃いの赤いシルクの服は、汚れひとつない。

 白く透き通るような肌をしたカップルが、楽しそうに会話をしている。先ほどのご婦人とすれ違う時、お互いに挨拶を交わす。


 同じ住宅街を、大きく膨らんだ白いショルダーバッグが、ふらふらと通る。白いバッグの持ち主の肌は、浅黒かった。なるべく顔が見えないように、時折、群青色のハンチングを深く被り直す。スカイブルーの屋根がある家の前で立ち止まる。


 手元にある地図をもう一度眺めると、ふっと息を吐き、金属の箱のフタを開ける。


 中に白い封筒を入れると、すぐに次の家に向かって黙々と歩きだす。



 時計の針は真上に重なっていた。だが空を見上げても太陽は見えず、モノトーンで統一されたマーブル模様が広がる。見慣れた地上の景色も、全て灰色がかっている。

 なんてことのない曇りの日の風景なのだが、グルーミィの視界には色味が失われていた。目線の端にいる、真っ赤なワンピースを着た女性と、それを追いかける群青色のジャケットを着た彼氏の追いかけっこなど、気づくことすらなかった。


「雨、降らないといいな。」

 発した言葉を受け取る者のいない空き地で、グルーミィは白いバッグの奥を漁る。取り出した小さな紙箱を開いて頬張る。毎朝、母親が「お昼に」と言って手渡してくれるホットドッグ。最初のうちは感謝して食べていたが、今では食べ飽きてしまった。たぶん味付けは変わらないはずなのに、ケチャップの酸っぱさもウィンナーの肉汁も舌を刺激しなくなっていた。


 趣味はない。友達もいない。

 晩婚だった両親の元で生まれたグルーミィは、比較的愛されて育ったほうだと思う。2人とも優しくて、思春期が抜けきらない彼に毎日声をかけてくれるけど、いつも同じ話ばかりしてきて正直会話に飽きている。

 週に1回、母親は決まって茹でたジャガイモと玉ねぎのスープを出す。優しい味だが、いつも同じ味だ。昨日がちょうどその日だった。「今日は天気が悪いから、足元に気をつけてね」と、これまた定番の言葉を背に、家を出た。


 この仕事を始めて3年になる。ずっと同じエリアを担当しているので、よく手紙が届く家は覚えてしまった。届け先を間違えるようなミスもないが、逆に刺激のない毎日。朝事務所で配達する手紙をまとめて受け取ってしまえば、夕方に再び戻って挨拶をするまでは一言も発することはない。事務所での会話と言っても、おしゃべりなザスンさんがいる日だけだ。彼女が天気やら街のイベントについて話を振ってくれて手紙を詰めている間に2、3回やりとりするだけだ。高圧的なノスウィンさんの日に当たると、挨拶するだけで逆に精気を吸われてしまう感覚に襲われる。


 それでもまだ、手紙を運ぶという目的に集中していられる仕事中は気楽だった。夕食時に両親の話し相手に疲れて部屋で1人になると、心は虚無感と不安感で真っ黒に埋まっていく。


 仕事のシフトがある日は、事務所から住宅街を回って、また事務所へ帰る繰り返し。

 休みの日のほとんどは疲れて昼まで寝てしまい、母親のお決まりの料理を食べるだけで終わる。


 カンテラのサックスに感動し、一緒にシーフードレストランで美味しい料理を食べたのが、つい昨日のことだったなんて信じられない。家族以外に憎まれ口を叩いたのなんて、何年ぶりだろうか。

『どうだ、俺の音は。お前の仕事みたいに退屈してないだろ?』と言いたげな音色だと思った。でも、あの音は本当に心地よかった。あの瞬間だけ、たしかに心がボールのように弾んで、なんとも言えない満ち足りた感覚を味わえていた。


 それがまた、地面に落ちれば崩れてしまう泥団子に戻っていく。


「僕なんかいなくてもいいよな。」

 周りに人がいないと、そう呟くのが日課になっていた。

the north wind and the sun 北風と太陽


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