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手帖と組紐と勲章と鉱石  作者: yuzoku
手帖の章
5/10

崩れたわらび餅

モデルの街;京都

 店内の壁には、ガラス越しに少し早い紅葉が見られた。まだ日中の日差しは強く、葉が色づくにはまだ早いはずだ。

 それは外の景色ではなく、壁の一面をガラスで囲まれた室内の空間だった。どうやらドライフラワーのようなものらしい。私の気持ちも、こんな風に楽しい思い出だけを保存できたらいいのにな。ぼんやりとした照明に照らされた紅葉を見ながら、マカモはぼんやりとそんなことを考えていた。


 ほうじ茶のような色の制服を着こなしつつ、歩き方に品のある妙齢の女性店員が黒い盆をマカモの席に運んできた。ふわりとした可愛らしい同じくほうじ茶色の帽子をかぶっているのに彼女の色気は隠せていない。私が同じ年のころに同じ格好をしても、服の茶色に染まって霞んでしまうだろう。若い頃の兄さんなら似合うかもしれないけど。

「ごゆっくりどうぞ。」

 彼女が盆を置いて厨房へ戻った頃に、ようやく注文の品に目がいく。作った当時は正六面体だっただろう深緑のソレは、今は形がだらしなく崩れて並んでいる。なんだか今の私みたいだ。

 口に含むと、最初に黒蜜ときな粉が甘い気分に浸らせてくれる。噛むと、少しだけ抵抗のある餅の食感が心地いい。最後に柔らかな食感から漏れた抹茶の渋みが、マカモにとってこれまで感じたことのない哀愁をもたらす。その渋みは、今までの自分の生き方に対する問いかけのようで、どこか心の奥にしまい込んだ感情が目を覚ます感覚をもたらす。


 最初は『少し休んだら、また観光に出かけよう』と考えていたマカモだが、わらび餅の黒蜜ときな粉の甘さに癒されても、抹茶の渋みに舌を刺激されても、椅子からお尻が離れる気配はなかった。


『張り切って2日も歩いてたら、体力もつわけないじゃん。』

 年甲斐もなく古都の旅行に浮かれていた自分に、冷静なもう1人が心の中で突っ込む。

『うっさいねん。』

 浮かれているほうの自分が、旅行先の方言にかぶれたまま言い返す。



「おはようさん。」

 店の扉がガラガラと鳴って、自分よりよっぽど年老いているのにハリのある声が聞こえて、脳内会議はお開きとなった。


 入店した女性の髪は、灰色が少し混ざったグラデーションのある白髪で、前髪はきれいにパーマでかき上げられている。シワが刻まれた柔和な顔の口元にはホクロがあった。全身の服装は白で統一されており、靴だけは黒いヒールだった。

「いらっしゃい、ショウロさん」

「今日もまだまだ暑いね。」

「ほんまやね。」

「ヒスイちゃん、いつものくださいな。」

「抹茶白玉パフェやね、毎度あり。」

 常連らしい白髪の彼女を、さっき私の注文を運んできてくれたヒスイさんがテンポよく相手をする。マカモは、ヒスイが年配の女性客と親しく話す様子を見ながら、自然とその会話に耳を傾けていた。


「あら、見かけん顔やね。もしかして旅人さん?」

「はい。」

 多分、無意識に顔も向けていたんだろう。話したそうに見えたんだろうか。一人旅でそろそろ寂しくなっていたのは事実だけれど。


「珍しいね。少し離れたとこやったら寺やら神社やらぎょうさんあるけど、この辺はなぁんも見るものあらへんのに。」

「そうだったんですね。」

「旅に出るんやったら、ちゃんと調べとかんとあかんよ。自由に見て回れるほど、いつまでも若いわけちゃうんやから。」

「すいません」

「別に謝って欲しいとちゃうくってな。この街をちゃんと堪能して欲しいんよ。」

「ショウロさん、あんまりお客さんを責めんといてな。」

 生返事の私を見兼ねて、ヒスイさんがやんわりと助け舟を出してくれた。

「あら、そんなつもりちゃうんやけど。つい話し長くなってしもうてすまんね。」

「いえ、疲れちゃって時間ムダにしてたのは事実なので。」

「そうなんや。観光もいいけど、こうやって何も考えず、ゆっくり時間を過ごすのもええもんやで。この店でゆっくりしていきなはれ。」

「そのゆっくりを邪魔してたんが、ショウロさんやん。」

「常連さんには厳しいなぁ。」

「誰もがくつろげる空間を提供するのが、ウチのお仕事やねん。それに、『ゆっくりしていって』はウチのセリフちゃう?」

「あんたが言わんから、私が代わりに言ってあげたんよ。」

「それは失礼しはりました。」

「わかればよろし。」


 ショウロさんは、そのままヒスイさんを捕まえて、昔は舞妓だった話を語り出していた。

 今何もする気分にならない私は結局、また彼女たちの会話に耳を傾けることになっていた。



 一通り満足したのか、ショウロさんは立ち上がると私に一声かけた。

「せや、数分ほど歩いたところに川があるで。そこやったら人も少ないし、のんびりできるんちゃうか。」

「ありがとうございます。」

「ほなまた。」

「まいどあり。」

 最後は店員といつもやっているだろう挨拶を交わすと、扉をガラガラと開けて出ていった。


「ごめんなさいね、あの人悪い人じゃないねんけどおしゃべりがすごくて。」

 扉が閉まると、ヒスイさんが声をかけてくれた。

「いえ、実際私も一人旅で寂しかったのでちょうどよかったです。」

「そう感じてはるなら、良かったですぅ。」

「でもちょっと、私の話も聞いてほしくて。お仕事中悪いけど、少し付き合ってもらえますか?」

「平日のこの時間はあの人ぐらいしかこぉへんから大丈夫ですよ。ウチでよければ、喜んで。」

「ありがとうございます。実は私、物書きをやってまして。いわゆる小説家なんです。」

「あら、そうだったんですか。」

「普段は自分の家で机に向かってばっかりだったから、アイデアなんてもう無いし、でも〆切はやってくるしで、もういっぱいいっぱいになっちゃって。それで取材も兼ねてこの街に来たんですけど、普段歩き慣れてないから2日も歩き回ったらご覧の有り様で。」

「慣れへんことって疲れますもんね。」

「歩きまわった時は何か面白いこと、普段は絶対目にできない光景とかに凄いこだわってたんですね。でも、なんかこのお店に居させてもらって気づきました。お2人の会話を聞いてて、なんだかんだ私の好きなのは人との交流なんだなって。」

「そう思うきっかけになれたら光栄ですわ。」

「いろいろ聞いてもらってありがとうございました。気持ちがスッキリしました。少し元気出てきたので、ショウロさんの言うようにちょっと川歩いてみようかな。」

「たしかにこの地域は何もないですけど、川沿いの散策は私もオススメですよ。」

「地元のお2人がオススメするなら、行ってみます。お会計いいですか?」

「こちらへどうぞ。」

 言われた通りに、川へ向かってみる。きれいに碁盤の目状に整列された通りという以外は、どこにでもあるような家が立ち並ぶ。


 視界が開けると、そこには、等間隔にならんだ装飾のある欄干が立つ橋がかかっていた。橋の向こうには、こちらが下を眺めるのを促すように、葉が枝垂れた柳が並んでいる。


 柳に従って橋から川を覗くと、日光に反射して水面が光っている。下を向いているのに眩しい。迷っている自分に道を示すように、太陽に向かってまっすぐと光の道が伸びている。対岸に浮かんでいる黒い石は、逆に光を吸収して際立っている。

 両岸には、無造作に生える雑草の群衆が広がっている。その外側には、訓練された軍隊のようにキレイに舗装された十分な広さの歩道になっている。  


 階段を降り、河原にたどり着く。

 周りの簡素な作りの建物から少し浮いた、豪華な装いの旅館が目についた。まだ新しそうな赤茶色の細い木枠で仕切られ、全ての区画が純白の障子で埋められている。その旅館の対岸に、唯一日を遮っている木陰を見つけて座る。


 ただ、すぐに露出していた腕が痒くなったことに気づく。もう秋になっているはずだと言うのに、川にはまだ蚊がいたようだ。仕方なく日差しの強い川沿いに移動する。風もあるので、何とか過ごせそうだったのでそこで落ち着くことにした。


 秋の虫がコロコロと鳴いて、暦上は季節は変わり始めていることを知らせている。

 トンボが優雅に草むらの上を旋回している。


 背中から声がして、河原沿いを連れと楽しそうに歩く人たちがいることに気づく。私が心を奪われていた川のきらめきも、虫の囁きにも気を止める様子はない。地元の人にとっては、なんてことのない風景なんだと気づかされる。

「よし、帰って仕上げるか。」

 川に決意の石を投げ入れ、書き留めていたメモ帳をバッグにしまう。河原沿いに向かって、向かって左側へ歩き出した。


 完


 著者  柳下 真鴨




「代わりに読んでくれて助かったわ。最近は小さい字は読めへんようになってたから。」

 ユウドウは音読を終えると同時に、隣の人物が話し出した。

「いえ、オレもモデルになった方と話せて嬉しいです。とても静かな雰囲気の小説ですね。」

「『小説』言いながら、たぶん店の中の会話はほとんど実話ですわ。恥ずかしっ。」

 ユウドウにそう答えた女性の髪は白く、顔にはいくつものシワが刻まれていた。

「でも、アナタはいいふうに描写されていますよ?」

「さすがに外見は盛りすぎやわ。まぁ、悪い気はせぇへんけど。」


 目の前には雑草地帯と、その奥にキラキラと光る川面。その奥には古びた赤茶色の細い木枠で仕切られ、その区画をきっちりと埋めていたはずの障子は少し薄汚れていたり、剥がれているものもある。かつては旅館として利用されていたであろう、老朽化した建造物がそこに建っていた。忍び込んだりしない限り、あの障子の向こう側を知る人間はもういないのだろう。

「オレも泊まってみたかったな。」

「わかりますぅ。ウチもお客さんから『良かったよ』って話だけ散々聞かされてたんで気になってて。」


「河原を案内してもらってありがとうございました、『ヒスイ』さん。」

「いえ、ウチこそ本を紹介してもらってありがとさん。常連やったシラサギさんのこと久々に思い出せて、嬉しかったわぁ。」

「会ったことないけど、どういう人かなんとなく想像つきます。」

「ほんま小説のまんまやねん!1回会っただけでこんなにうまく特徴捉えてて、さすが小説家さんやね。」

「マカモさんは他の小説でもリアルな描写多いし、実際に会った人物を参考にしてるんでしょうね。」

「マカモさんのほうはまだ死んでへんみたいやけど、そんなに有名な小説家さんやったなんてびっくりやわ。この年になっても覚えてるんやから、見た目は地味やけど、雰囲気あった気ぃするわ。」

「人は見かけによりませんよね。」

「ほんまやね。ほな、ウチは店に戻ります。ウチの孫を1人で店任せるんは、まだ危なっかしゅうて。ユウドウさんはごゆっくり。」

「ありがとうございます。」

 そう言うと『ヒスイ』さんはバタバタと石の階段を駆け上がり、橋を渡っていった。



 1人残されたユウドウは改めて対岸を見る。建物は変わってしまったが、自然の風景は小説で書かれていた描写と変わらず、時を経て目の前に広がっている。


 かつての彼女と同じ場所に立ってはいるものの、その時の気持ちは彼女にしかわからないんだろう。だが、目の前に広がっているのどかな風景は、ユウドウも感じるものがあった。

 小説の感想と一緒に、自分が実際に見て感じたものを書き記していく。

「よし、乗って次行くか。」

 似たような、全然違う言葉を目の前の川に投げて、手帖を閉じる。

 駅に汽車が到着するのに、ちょうどいい時間まで潰せたはずだ。ちょうど今隣で流れる水と競争するように、河原を歩き出した。そんなユウドウからの一方的な対抗意識は知るよしもなく、今日も途切れることなく、たくさんの水が川を下っていく。

真鴨

オスは鮮やかな緑色の頭を持ち、メスは茶色で地味な体色をしている。


カワセミ(翡翠)

小型で鮮やかな青色と橙色の美しい羽を持つ鳥。水辺の宝石とも呼ばれる。


小鷺

全身が白い羽毛に覆われており、くちばしと足は黒色、足の指は黄色をしています

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