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手帖と組紐と勲章と鉱石  作者: yuzoku
手帖の章
4/10

馬車と珈琲

あたりは黄土色一色で塗り分けられたゴツゴツとした地形が広がっている。少し谷間になっているところは曲がりくねっはいるが一本の道になっており、ギリギリ『平面』といえる程度には舗装されていた。


そんな味けない道幅の半分以上を埋めながら、白いホロで覆われた木造の荷車がゆっくりと進む。それを引っ張っているのは、ホロより少しくすんだ白色、象牙色に近い馬であった。横からの微風で、上機嫌にタテガミを揺らしている。


馬の体に巻き付けられた縄は、馬車の前方に繋がっており、男がゆるく手綱を握っている。

寒さの峠は過ぎたが、まだ肌寒く、男は薄手の黒いコートを羽織っていた。


男の名前はミディクリテ。相棒である馬の名前はビーアラウン。馬車で移動する『運び屋』だった。業商人ですらなく、依頼人に言われたことをただ隣町に運ぶだけの仕事。数日間の馬車移動は意外と体力を使うし、時折危険な目に合う割に、実入は少ない。


今日も行き慣れた山道を粛々と進む。


「あーあ、つまんねー仕事。」

周りに人がいないのもあって、ついぼやいてしまった


久々に喉を通過した音が思ったよりかすれていることに気づき、今回の出発地で衝動買いしたモノを思い出す。手綱を右手に任せて、左脇に座らせていたカバンを漁る。


中から取り出したものは、手のひらサイズの金属製の筒。


彼は手に取るとすぐに目線を馬に移し、片手で上部にあるプルタブをパキっと折り、口元に近づける。


出発前に街で買ったコーヒーだった。飲むと、まだほんのりと暖かさの残る液体が、お腹と心を少し温めてくれた。

ほろ苦いと評判らしかったが、少し甘ったるいのが口に残る。ただ、舌先で何度も味わえるからそれもまたいいかと思い直す。


その後味で、コーヒー好きだった学生時代を思い出す。


昔は騎手を目指して専門の学校に行き、同期と切磋琢磨していた。優秀なヤツは実際に騎手となり、卒業してすぐに今のミディクリテの年収を1回のレースで稼いでいた。


「ま、馬に乗ってメシ喰ってるんだからムダではないか。なぁ、ビーアラウン?」

相棒は歩くリズムは変えずに、慣れた調子で軽くいななく。




「夢かぁ。」

口の中で唾液の味しかしなくなった頃、考えごとをして自分がつぶやいた言葉で思い出し、手綱を強く引く。馬の不満げないななきを合図に、ホロの中に潜っていった。




ホロから顔を出すと、奇妙な機械を両手で抱えていた。運転席の脇に置くと、ポケットから数日前に乗せた客からもらった石を取りだしてはめた。


すると、その機械が光だした。遠雷のような時間差で、その場に似つかわしくない音が流れ出す。


それはバーで流れるような、ゆったりとしたジャズであった。


2小節目が始めるタイミングに合わせて、御者は手綱を鳴らす。


伸びやかなサックスの演奏はもういい年である自分の頭をポンポンとしてくれる。複雑で細かくリズムを刻むパートでは、普段誰の目にもつくことのない彼の仕事の、一つ一つの所作を褒めてくれるように優しく包み込んでくれる。

  


いつもは馬車の車輪と馬の蹄が道路を蹴る音しか聞こえない。景色も、さっきまで味気なかった黄土色の道が、落ち着いた色合いの絨毯模様に見えてきた。


目を瞑れば、一度だけ行ったことのある都会のバーを思い出した。そこでは今と同じようにサックスが主旋律となる音楽が流れていた。薄暗い店内から見える窓抜け色は光輝いて見えた。逆三角形の小さなカクテルグラスに少し濁ったレモン色の液体が注がれている。グラスに口をつけると、口には塩が塗られていることに気づく。内気な彼だが、酔った勢いでマスターに尋ねると、ソルティードッグと言うらしかった。酒は弱かったので、その1杯のカクテルを存分に味わったことを今でも覚えている。彼の人生に立って1番おしゃれな時間であった。


ガタンと体が揺れて、慌てて目を開ける。どうやら車輪が少し大きめの石乗り上げてしまったらしい。舗装されてから何年も経つので、これぐらいのアレはよくあることだった。さすがに危ないと思い、耳だけ思い出のカクテルに浸らせながら、進路を確認する目と手綱を握る手だけは勤務を続けさせる。


コーヒーを飲んでいて、酒のことを思い出すのも変な話だと思ったが、どちらにしても気分が良かったので、そのまま感じるままに今の気分に従うことにした。


結局急いでやっても馬が疲れてしまったり、場所が痛むことになるので、結局は一定の速度を保って、安全運転が1番である。


人との交流といえば、もう荷物を運んでしまえば、隣途中にある関所のおじさんとの敬礼くらいである。今はそれもそつなくこなすことに喜びを感じている。


途中、30才過ぎに見える銀髪の男を拾った。人間を運ぶのは業務外なのだが、小遣い稼ぎにもなるので時々やっている。途中で襲われてもかなわないので、保険や組合の話はしっかり説明はするが。


すっかり恒例になってしまったサックスの音色を響かせながら、男2人は馬車に揺られている。

「ステキな音楽ですね。なんか魂が震わされるというか。」

「その感覚、わかります。前に乗せた《ムジカ》に、こんな感じの場所で演奏してもらって、それを録音させてもらったんです。」

「野外でこんなに音がクリアなんて、すごい技術だな。」

「ええ、生で聴いた時はホントに感動しました。『夢がある』って何度も言ってましたね。若いっていいですね。」

「へー、その《ムジカ》に会ってみたいなぁ。」

「ちょうど明日行く街に、ひと月ほど前に降ろしたんです。まだ滞在してれば会えるかもしれないですね。」

mediocrity :凡庸、凡才、月並み

be around :そばに居る


《ムジカ》:この世界で、特別な能力を持った音楽家の総称

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