【WEB版本編】第四話 さて、呪い(嘘だけど)のせいで、
さて、呪い(嘘だけど)のせいで、話は出来ないし、手も動かせなくなったわたしです。
そうなった当初は、高慢な侯爵令嬢が偉そうに侍女を引き連れて歩いている……と、学園の生徒や教師たちにも思われたようなのですが……。
「偉そうに、二人も三人も侍女を引き連れて、あれ、何様のつもり?」とか。
「もう既に未来の王妃ですとか、そういうふうに威張っているんじゃない?ギード殿下だって学園では侍女や護衛は一人ずつしか連れて来ていないわよ。まあ、側近の方は多いけどね」などなど。
そんな陰口などもたたかれましたくすん。
だけどその状況はすぐに変わったわ。
学園の授業で、教師に指名され、答えを述べる。
手を動かせない、喋れないという二重苦のわたしが、普通に答えることは不可能なのですよね。
だから、にっこり笑って、まずは侍女にチョークを用意させました。そのチョークにハンカチを巻き、それをわたしの口に咥えさせてもらいます。黒板の前に進み、問いの答えを口に咥えたチョークで書いていくの。書き終わったところで、侍女にチョークを外してもらいます。
「学園長へは既に通達しておりますが、我が主マルレーネ侯爵令嬢は何者かからの呪いをその身に受け、手も口も動かすことができなくなりました。ですので、今後は問いかけに対する答えは、このように口に筆記具を咥え、黒板やノートに書かせていただくこととなります」
侍女の言葉に、教師だけではなく、生徒たちは皆一様に驚きの声を上げました。
わたしはにっこりと笑って、侍女に追加の言を伝えてもらいます。
「まだまだこの学園で学びたいことがたくさんありますので、クラスメイトの皆様にはご迷惑をおかけすると存じますが、ご容赦願います……と、お嬢様よりの言葉でございます」
侍女の言葉と共に、わたしはすっと皆様に向かって頭を下げます。
手が動かせずに、だらんと両脇に下がったままなので、当然美しくはない礼ではありますが。だけれど、その不格好さがかえってわたしの身に起こった不運を強調していると捉えられたみたいなのです。
驚きと同情が入り混じった顔で見てくる者が何人か、おりました。
わたしは周囲の視線など気にすることなく、淡々と授業を受け、そして帰宅というのを繰り返しました。
そんな態度が功を奏したのかもしれません。
最初は「ヒロイン・ウィプケ」を苛めていた罰を受けたのだろうなどと、わたしを嘲笑っていた人たちもですね、次第にそんな声を上げられなくなっていったのです。
わたしは常に控えめに、真面目に学業に取り組んでいるだけ。
そして、肢体不自由。
そんなわたしを悪く言う者の方が、次第に周囲から非難を受けるようになっていたのね。
わたしとはクラスの異なる第二王子ギード殿下とヒロイン・ウィプケ。
二人ともそろって恋愛初期のお花畑思考の真っただ中進行形……なのでしょうか?わたしのこの状況にはまるで気がついていないのです。
今日も公衆の面前で「ひどいんですっ!マルレーネ様が今日もまた、あたしの教科書を破って池に投げ込んだんですっ!」などと喚きながら、学園の噴水庭園に点在する池の一つを指差しておりました。
第二王子も第二王子で、側近たちに池の中に入らせて、ウィプケの教科書と取ってこさせた上に「このような所業をするとは……マルレーネはウィプケに嫉妬しているのかっ!」などと口から唾を飛ばしているんですよねえ……。
バカ……なのでしょうかこの二人。うん、馬鹿なのでしょうね。
腕の動かせないわたしが、教科書を破ったり、その教科書を投げ捨てたり……なんて、できるはずもないでしょうに。
そんな馬鹿々々しい騒ぎは放置しておくに限りますね。
「え?侯爵令嬢は……腕が動かないんだろう?どうやって教科書を破るんだ?」
「定期試験の時も、口で筆記具をお咥えになって、中腰になりながらテスト用紙に解答を書かれているのよ……。侍女の方に体を支えてもらいながら……」
「あたし、聞いたの。マルレーネ様に。婚約者である殿下とその浮気者を放置しておいていいんですかって」
「え!?聞いたの?貴女、勇気あるわねえ」
「だって酷いし。良かったらあたしがマルレーネ様に代わってあの二人に注意をしましょうかって言ったのよ」
「……ウィプケとかいう男爵令嬢はともかく、第二王子に文句は言えないでしょ」
「でも、マルレーネ様がお可哀そうで……。でもね、マルレーネ様あたしたちに言ってくれたの。あ、言ったって言っても黒板にチョークで書かれて、だけどね」
「ああ。チョークを口に咥えられて……」
「そうそう。でね、婚約は解消できるようにお父様でいらっしゃる侯爵に動いてもらっているし、お二人に関わる体力も気力もないわって……」
「あ、そうか。学園で授業受けているだけでも……大変だよなあ。体力的に、すごい疲れそう」
「うん、そうなのよ。授業のね、ノートは侍女の方が取っているんだけど、テストは侍女に書かせるわけにはいかないでしょ。だから、授業も必死になって教師の説明をその場で暗記するようにしているんだって。テストは筆記具を咥えないといけないから、ご自宅でも練習して早く書けるようにって頑張っていらっしゃるって……」
「すごいな。マルレーネ様」
「うん、尊敬しちゃうよね。お体、お辛いはずなのに、いつも笑顔で……」
段々と風向きが変わってまいりました。
悪役令嬢から可哀そうなご令嬢へ、そして、可哀そうな身の上にも拘らず、けなげに頑張っている令嬢へと。
よっし!計画通りよ!!
そんな折、わたしは放課後、大勢の生徒が集まる学園のカフェへと足を向けてみました。
三十ほどあるテーブルの半数ほどが生徒たちで埋まっています。
紅茶を飲んでいる者たち。ケーキなどを食べている者。談笑していたり、教科書やノートを広げ、予習か復習でもしていたりする者もおりました。
わたしは、侍女を引き連れて、そのカフェをゆっくりと歩きます。
「マルレーネ様ぁっ!こちらの席、空いておりますよ~」
声をかけてくれたクラスメイト……ミアーナ様という子爵令嬢に、にっこりと頷いて、そちらの方へ足を踏み出します。途端に……わたしはそのまま躓いて、倒れてみたのです。
「きゃーっ!マルレーネ様っ!」
侍女のイルゼが甲高い声を上げました。
わたしは声が出せません。だから、叫び声もあげられないまま、無言で倒れたのです。もちろん手も使えません。だから、そのままばったりとうつぶせに床に伏しました。立ち上がることもできません。打ちつけた胸や腹、顔が痛いわううう。
……だけど、これはわたしが自分でわざとやったの。痛いけれど、ダメージは思った以上には大きくはないからこれでいいの。
「お、お嬢様っ!い、今お体を起こしますからっ!」
二人がかりで何とかわたしの身を起こしてもらいました。
ミアーナ様が「不用意にお声をおかけしてしまって申し訳ございませんっ!お体がご不自由なことを慮るべきでしたっ!」と、平伏する勢いで謝ってくれました。
わたしは大丈夫だと首を横に振ります。
それからイルゼに目配せをして、筆記用具とメモを取り出してもらいました。
メモをイルゼに支えてもらって、口に筆記具を咥えます
【ミアーナ様のせいじゃないわ。わたしが不注意で転んでしまっただけ。手が使えれば、身を支えて転ぶようなこともなかったのですけれど。驚かせてしまってこちらこそごめんなさいね。わたしの侍女に治癒持ちの者がいるから、この程度のケガ、すぐに治るわ】
書いたメモを、ミアーナ様に見せます。
……本当にごめんなさいねミアーナ様。わたしが可哀そうな者であるということを印象付けるために、貴女を利用した形になって。
だけど、わたしも『悪役令嬢』という運命を覆すために、手段は選んでいられないので許してほしい。
被害者であり、体をまともに動かすことができない可哀そうな者としての印象を、出来る限り付けなければならないの。
周囲にそれを納得してもらうための、わかりやすいパフォーマンスが必要なのです。
だって、婚約者から『断罪』される卒業パーティはもう間もなく。
しかも、その『断罪』の時に、口がきけないわたしは反論一つできないのだから。
どうか、上手くいきますように。周囲の皆様の同情が得られますように。
正直、これは賭け。
『断罪』のシーンで反論も出来ない『悪役令嬢』が、婚約者である第二王子に対抗できるかどうか……。
だけど、わたしにはこの手段しか残されていなかったの。ううん、もしかしたら他にも何かの手段はあったのかもしれないわね。
でも今さらそんなことを言っても仕方がないし、やんわりとギード殿下との婚約を解消したいと言っても、そんなこと聞き入れていただけなかったのだし。
だから、あとは運を天に任せましょう。
そうして『卒業パーティ』の日がやって来ました。
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