【WEB版本編】第三話 さて、一か月ほどの時間をかけて
さて、一か月ほどの時間をかけて、わたしはわたしの両腕が少しずつゆっくりと動かなくなるように、こっそりと自身で魔道を調整していきました。
言葉のほうも同様に。
お父様に申し出をした時には流暢に話をしていましたけれど、一週間が経過する頃には、言葉につっかえるようにしていきまして。更に数週間経過させた後、カタコトの言葉しか話せなくしてみました。
……そうして、今はもう、口をはくはくと動かすことしかできません。口は動かせるけれど、声は出ないという状態ね。わかっていたけどとても不便。イルゼ筆頭に、侍女の皆様にはお世話かけまくりです。トイレとかもね、実は恥ずかしいわ。トイレに行って、パンツ脱がせてもらって、便座に座らせてもらって……侍女さんたち一時退出。済ませた頃合いを見計らって、侍女さんたち登場。パンツ穿かせてもらいますーなんて。ふう……恥ずかしいけれど、縛り首回避のためには仕方がないの。
そんなわたしを不遇に思ってくださったのか、お父様は呪いを解くために奔走してくださいました。なんと!神殿の大神官様にもお会いすることになったのです。
でもごめんなさいね、お父様。理科的知識のないこちらの世界の聖職者や大神官では、きっとわたしの魔道は解けません。というかむしろ解けては困るのよ。
「呪いをかけられたのなら大神官ならば解けるかもしれない」と期待に満ちたお父様。本当にごめんなさい!……まあ、当然ですが、解呪どころか、解析すら出来ませんでした。
苦し紛れなのか、大神官は「伝承にある通りの……『真実の愛のくちづけ』により、この呪いは解けるやもしれませぬが……。お力になれなくて申し訳ない」などと言って項垂れました。お父様もがっくりです。ご、ごめんね!
で、よりにもよって『真実の愛のくちづけ』ですかあ……。
前世の昔話にも似たようなものがありましたね。毒のリンゴを食べて死んでしまったお姫様。通りがかった王子が死んだ姫にくちづけをすると、姫は生き返るっていう童話が。
キスしたら、お姫様の口から毒りんごが出てきて、それで生き返るって……。毒、摂取したら、それ身体中に回りませんか?
喉にリンゴ引っ掛かっていただけで、毒は無かったの?それでも窒息してるんですよねえ?
毒のリンゴが胃まで到達していたのなら、消化されていると思うのだけれど。少なくとも毒、肉体に吸収されているよねえ?
科学的に調査していただきたいとか、まあ童話にそんなツッコミ入れるのも揚げ足取りみたいで無粋ですかそうですか。
でもねえ……そんなのはおとぎ話だから許されるのであって、現実にはあり得ないでしょう……とわたしは思うのだけれどね。
だいたいわたしの作ったこの呪式は、そんなおとぎ話的な『くちづけ』なんかなくても、第二王子から婚約破棄を叫ばれれば、簡単に解けるものでございます。
だって、単なる音声入力&単語登録方式の解呪方法ですからね。
でも、実はこれはかなりのリスクを背負っているのですよ。
あり得ないのですが、第二王子ギードが改心して、婚約者であるわたしを大事にして、わたしと婚姻を結んだとしたら……、わたしの腕も口も一生そのまま動かないままなのですはい。
まあ、ゲーム進行的にそんなことあり得ないとわかっているので、こんなリスクを背負ってみたのですが。
そうして自分自身に呪いという名の魔道をかけて、完全に体が不自由になった後にですね、わたしはお父様と共に、通っている学園の学園長に会いに行ったのです。
学園長は、現国王陛下の弟君……と言っても、現国王陛下とはお年が離れていらっしゃるのでだいぶお若いのですが。陛下が長子で、学園長は九男ですしね。だから、学園長はギード殿下の叔父でもあるのですが……、兄である陛下より、甥であるギード殿下のほうがお年は近いのです。
ふんわりとしたミルクティ色の髪と柔らかな水色の瞳が、年齢よりも若く見せているだけではなく、実際にまだ三十前ですよ。
……わたしとの年の差は十歳ちょっと。ちょっと好みのタイプなのですのよ……なんてね。
今はまだ、そんな将来の旦那様探しモードには入れないと言いますか、まずはギード殿下との婚約を破棄して、無事に生存できるようになってから、ラブラブハッピーでひゃっほーいな旦那様探しの予定ですが……。でも地位も知性もある年上男性ってやっぱり素敵だわ。目の前にいる好みの男性に対しては、ちょっとね、ミーハー的にきゃーって叫びたくなるものではないですか!!ああ、メガネの向こうから見える柔らかな瞳に、流石王族!物腰が優雅よ!素敵!結婚して!!
もちろんそんな心の叫びは顔には出しませんとも!!
沈痛な面持ちで、お父様の後ろに控えておりますよ!!
……ちょっと落ち着こうかわたし。
えーと後、学園長についてわたしが知っていることはと言えば……、王位継承権を放棄した後、学園長の位を貰い、学校経営をしながらのんびりと魔道などの研究に勤しんでいらっしゃるということくらいかしら。
今まで個人的な交流はしてこなかったですしね。性格的なことは全く知らないのです。
だけどきっと、お優しい方だと思うの。
だって、エードゥアルト学園長は手を動かせず、喋ることも出来ないわたしがですね、この貴族学園に通い続けることを快く承諾してくれたのだもの。
「どのような状態であろうとも、そこに強い意志があれば学ぶことはできるでしょう。ノートなど取らなくとも、マルレーネ嬢は成績優秀だ。授業を聞いてその場で暗記することくらいできるでしょうしね」
そんなふうに言って、学園長のエードゥアルト殿下は、わたしが常に侍女を二人引き連れて学園に通うことを許可してくださった。
ああ……、見た目の麗しさだけでなく、人格者でもいらっしゃるのねエードゥアルト学園長は。
く……っ、婚約者なんていなかったら、プロポーズでもかましたいところだったわ……。あ、わたし今喋れなかったですわね。プロポーズなんて無理か!ううう、何よりもさっさとギード殿下とお別れしないことには次の婚約者の選定なんて不可能だったわっ!
というわけで、まずはギード殿下との婚約破棄に集中集中!なのでございますよ~。
お読みいただきまして、ありがとうございます!