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【 番外編2 元婚約者・ギードの話  】

 

「ううっ!」


朝食の時だった。ウィプケが突然、腹を押さえて蹲った。


ほぼ同時にウィプケの兄上も、蒼白な顔でいきなり立ち上がる。ウィプケと同じく腹を押さえて、どこかに走っていった。


ん? いきなり二人ともどうしたんだ?


オレは口に放り込んだばかりのベーコンエッグを咀嚼しながらウィプケの側にしゃがみこんだ。


「どうした? 大丈夫か?」


淡い光がウィプケの体を包み込む。

ウィプケの治癒の光は美しい。虹色の輝き。戦乱の世の中だったら、ウィプケは聖女とでも称されたかもしれないとさえ思う。


そんなことを考えつつも、ウィプケの背を擦る。


しばらくして、ウィプケは目尻に涙を浮かべながら「よ、ようやく治ったわ……」と、息を吐いた。治癒の光も収束されていく。


「いったいどうしたんだ?」

「いきなりお腹が痛くなって……。食中毒まではいかないけど、卵、古かったかな? それとも夕べ食べた何かに当たったのかも」


と、いうことは、ウィプケの兄上は腹を下してトイレに走った……のか。


「お兄様も治癒しなきゃ。ああ、ギードは平気よね」

「ああ」


そう、俺は平気なのだ。


腐ったものを食べても大丈夫。仮に毒を飲んでも何ともない。何故なら俺は「解毒」という種類の魔道を持っているからだ。


ただし、他人を解毒することは出来ない。俺は俺しか治せない。ホントあまり役に立たない魔道なんだ。

他人を治せるのであれば、それで金でも稼げるんだが……。


「えー、でもさあ、毒が効かない体って、王族としてはすっごく良いんじゃない? 毒殺とか警戒しないで何でも食べられるし」

「……もう俺は王族じゃないし。そうだったとしても、俺みたいな役立たず、わざわざ毒殺する理由はないだろ」

「んー、今はねユストゥス陛下の治世のもと、平和を享受してるけど。あたし達が生まれるちょっと前はヒドイもんだったんでしょ?」

「ああ……、そんなことも聞いたことあったっけな」


前王……つまり俺のお祖父様にあたるヤツが国王だった時は、酷い時代だったらしい。

詳しくは知らないけど。

だけどあの父上が、我慢ならんってお祖父様を弑逆したってくらいには酷かったらしい。


「その頃だったらその能力、きっと重宝してるよ。ま、でも平和な今でもさ、お腹壊さない能力ってすごく良いよね」

「そうかあ? 腹下したって、ウィプケは直ぐ治せるだろ」

「うん。だけど治し終わるまでは結構苦しいのよ。最初から苦しまない方がいいでしょ」

「まあ……そうだけど。俺一人が恩恵受けてるだけってのは、どうかと思うんだが……。せめて周囲の人間全員が苦しまないようにできるんだったら良かったのに」


俺がそう言ったらウィプケがびっくりした顔を向けてきた。なんだ?


「……すごい」

「何がだ?」

「ギードが他の人のコトを気遣うなんて。今までは自分一人が良ければ、あとはどうでもいいって人だったのに」


酷いな。ま、でも確かにそんな感じだったよな俺は。


多分俺は変わったのだろう。それはきっと……ウィプケと父上のおかげだ。


「なんかねぇ、最近ギードいい感じだよね」


えらいエライとウィプケが俺の頭を撫でてくる。俺は子どもかっ!


「……そんなことより、お前の兄上、まだ苦しんでると思うぞ。急げよ」

「あ、そうだったっ! お兄様ごめーん、すぐに治癒魔道、かけるねーっ!」


パタパタと走り出したウィプケの背中を見ながら。俺は嬉しさで赤くなる顔を手で隠していた。

変わった……か。そうかもしれない。


ウィプケの家に世話になって、最初に掃除を覚えて、洗濯も覚えた。

ウィプケの男爵家に来た当初は「掃除や洗濯? 何故俺がそんなことをしなくてはならないのか、侍女や使用人はいないのか」とウィプケに聞いた。そうしたらウィプケは真顔で答えてきた。


「貧乏男爵家では侍女の一人も雇えないのよ」

「ち、父上が寄越してくれた金があるだろう。め、迷惑料とかいう」


卒業パーティの時にエードゥアルト叔父上が「一応迷惑料とギードの生活費として、いくらかの金はウィプケ嬢の兄君に陛下から渡してある」と言っていた。

だったら、その金で侍女くらい雇えばいいのに。


「ギードのベッド、シーツ、枕。着替え、靴、下着などなど。生活用品買ったらキレイに無くなったわ。次の支給は二ヶ月後ですって。さすが国王陛下、ギリギリのラインを攻めてくるわね。ま、なるべくギードが自立できるようにって、最低限の支援しかしないつもりなんでしょうね」


自分で身の回りのことを行うこと。金のことを考えること。今までそんなこと欠片だって考えたこと無かった。


「侍女が欲しければ、自分でそのくらい稼げるようになりなさいってことね。まあ、でもすぐにそんなのは無理だから。ギードはまずできることから始めましょ」


ものすごいショックを受けた。

今までは侍女に「やれ」と言えば全てすんでいたこと。

それを自分でやらなければならない。

簡単にできると思ったのに何も出来ないことが、更なるショックだった。

シーツを洗うのに、あんなにも時間がかかるとは……。

大きなたらいを持ってきて、井戸から水を汲んで。シーツを石鹸で洗う。手も腰が痛くて、せっかくきれいに洗ったシーツを地面に落としてしまった。

泣きそうになったら「初めから上手くできる人なんていないでしょ」とウィプケとウィプケの母君に慰められた。

最初は俺もブツクサと文句を言っていたが、ウィプケが根気よく丁寧に教えてくれるので、掃除も洗濯も少し楽しくなってきた。段々慣れてくると、庭掃除もできるようになった。

ウィプケの母親から「ギード様はアタシより丁寧に掃除をしてくれるから、花壇もますますキレイになっていくねえ」と褒めてもらえた。


それが、お世辞でも、嬉しいと感じてしまうのは何故なのか。


そんな折、街の中心部で祭りが行われるというので、ウィプケと一緒に行ってみた。

平民の祭りなど、楽しくも無いだろうと思っていたのだが、まあ、やることもないし、良いかと思った。


祭りの中心は噴水広場になっていて、そこから通り沿いにいくつもの屋台が立ち並ぶ。それを冷やかしながらぶらぶらと歩く。

ウィプケは果実水の値段を真剣な顔で比べていた。


「うん、やっぱりあっちの通りのほうに戻ろう。ちょっと安い」


ウィプケが選んだ果実水を、噴水広場のベンチに座って飲んでみる。するとすぐそばで、楽器を演奏し出した者達がいた。


演奏の腕は、正直あまり上手ではない。だが、楽しげな演奏に、ウィプケがうずうずと体を揺らしだした。


「ギード、踊ろうよ」

「はあ?」


しかたなく、踊っているうちに楽しくなってきた。


気がつけば、ウィプケと一緒に笑いながら何曲も踊っていた。


「なあ、兄ちゃんと姉ちゃん。踊り上手い上に、あんたらどっちも顔が良いねえ。どうだいオレの舞台で役者とか、やってみないかい?」


声をかけてきたのは、庶民向けとはいえ、王都でも定期公演も行っているかなり大きな劇団の団長だった。


役者など、何をバカな……と思ったが、意外にもウィプケが乗り気だった。


「それを仕事にするとかしないとか。とりあえずそんなことは考えないで。なんでも色々やってみようよ。楽しければ続ければいいし、やってみて嫌なら辞めればいいじゃない」

 

とりあえず、遊び半分で舞台に立ってみた。

元々注目されるのには慣れていたから、特に問題なく初舞台は成功した。結構楽しかった。


……楽しいと思えるうちは続けてみるか。

 

そうウィプケに告げたら、ウィプケは「いいね」と笑って答えてきた。


まるで花が咲くみたいな笑顔。


……ああ、この笑顔をずっと俺は見ていたいなと、俺は素直にそう思った。




お読みいただきまして、ありがとうございます。

次回は国王陛下の話。


また金曜日にお会いできたら嬉しいです。

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