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【 番外編1 ヒロイン・ウィプケの話 ③】

そのまま、あたしは廊下に座り込んで、眠ってしまったらしい。


「ウィプケ、ウィプケっ!」

「ギード……様」


肩を揺すられて、起こされたらしい。わたしをのぞき込んでくるギード殿下を見る。


泣きはらした目。声もガサガサになっている。髪だってぼっさぼさ。


これまでの王子様然とした様子なんてまるでない、みっともない姿。

だけど王子様をこんな姿にしてしまったのは……あたし、なんだ。


ああ……。急になんか全部が全部、どうでもよくなった。虚脱感。


「全部、あたしのせいにしていいですよ」

「は? いきなり何を……」

「ギード様はあたしに騙されていただけ。マルレーネはあたしに苛めなんかしていない。あたしが嘘を言ったから、ギード様は義憤に駆られてあたしのために声を上げた。……そう、国王陛下に言えば、陛下はギード様を王族に戻してくれるかもしれません」


その際は、王族を謀った罪で、あたしは罰せられるだろうけど。

まあ……ね、あたし一人だけの罪になるのなら、それでもいいや。お兄様とかウチの男爵家が咎められないように、あたしの命程度で支払ってもいいし。


投げやりに、そんなことをギード殿下に言ったら、ギード殿下はあたしの横にそっと座った。

廊下の壁に背中をあずけて。二人そろってだらっと足を伸ばす。


「……なあ、なんでウィプケはマルレーネから苛められているなんて言ったんだ?」


何も考えずに乙女ゲームのシナリオ通りにしただけ……なんて言っても通じないだろう。それに、あたしがそのシナリオ通りの言動をしていたのは……。


「あたしを大事にして、あたしのことだけ考えて、あたしを愛してくれる誰かが欲しかったの。もう二度と、裏切られることなく、いつまでもいつまでも二人は幸せに暮らしましたっていう童話通りの結末を迎えられると思ったから」


悪役令嬢を敵に仕立てて。

悪役令嬢を貶めることで掴める幸せなんて。

あたし……馬鹿だ。


マルレーネからギード殿下を嘘で奪って、そのギード殿下とあたしが幸せになる? 


婚約者を奪うだなんて、自分がされて嫌だったこと、あたしはマルレーネにしたようなものよね。


それにあたしがギード殿下を選んだのは、最初からギード殿下が好きだったからじゃない。


そりゃあ途中からはね、きっと好きになっていった。


だけど、ギード殿下を選んだのは、他の『ユメアイ』の攻略対象者を知らなかったからだ。元々、それだけで選んだ相手。


だから……もう、いいや。


「陛下とマルレーネに謝って、そして婚約、もう一回元に戻してもらいなよ」


ギード殿下を見ないで言った。


もう、いいや。なんか疲れたし。ギード殿下にこだわっているわけでもないし。


……なんて思いながら、じわりと目の奥が熱くなる。


「……マルレーネとの婚約を元に戻す気はない」

「どうして?」

「優秀な奴らに囲まれて、何で出来ないんだって言われるのはもう嫌だ」

「それは……」

「わかってるんだ。甘えだって。王族なんて優秀じゃなきゃ務まらない。将来の国王にならないまでも、その王を支えるって役目を担わされてるんだから。だけど、どう頑張ったってできないんだよ。俺はできが悪いから。そのために優秀な婚約者をつけてもらった。父上は、俺のために、そうした。マルレーネが優秀であれば、俺の王族としての面目は保たれる。だけど……優秀なのは、俺じゃない。マルレーネが全部やってるんだ。俺は、マルレーネの横に立って、笑ってるだけのお人形だった。必要なのはマルレーネであって俺じゃない。俺は、マルレーネという優秀な駒を王族に取り込むためだけの存在で、それ以外に何もやることはない。だったら、別にマルレーネの相手は俺じゃなくてもいい。独身の王族の男なんてまだ何人かいるんだし……。俺もな、ウィプケ。馬鹿でも無能でもいいから俺が良いって言ってくれる女が欲しかったんだよ。何もできない俺の代わりに優秀になるんじゃなくて、俺と一緒にできない、辛いと、言ってほしかったんだ……」

「マルレーネに、そう言ってもらいたかったのね?」


ほとんど直感のようなものだった。でも多分外れてない。


……好きな女の子がさ、自分より優秀で、自分ができないことも軽々とこなしてしまう。その繰り返しで、ギード殿下は段々イジイジして腐っていったのか。


「『ギード殿下が出来ないのならば、わたくしが代わりに行います』じゃなくて、『わたくしもできませんわ、ギード殿下。だって、難しいのですもの』って、マルレーネに言ってほしかったのね? 婚約破棄だって、ホントはマルレーネから『捨てないで。わたくしが間違っていたの』って縋って欲しかったのね?」

「……声に出されると、情けないんだが」


ギード殿下は否定しなかった。


「優秀さは要らない、共感が欲しかった……と言い直した方が良い?」

「言葉を難しくしたところで、俺が情けない事には変わらない」

「……否定は、できないけど。あたしだって相当情けないウソツキ女だから、ギード様を責められないよ」


あたしはあたしを裏切らないで愛してくれる男が欲しかった。


ギード殿下はできない自分をマルレーネに慰めてほしかった。だけど、それは言えなくて、色々と拗れていった。本当は努力して、マルレーネより優秀になって、それでマルレーネから「ギード様は素晴らしい方ですわ」とか褒められたかったんだろうね。


……無理だけどさ。


「嘘つき女と愚かな男の結末なんて、碌なもんじゃないわね」


ため息交じりにあたしが言ったら、ギード殿下が苦笑した。


「ひどいな」

「うん、酷い」


そのまま二人、しばらくの間、黙り込んでいた。


廊下の窓から見上げる空は段々と暗くなる。夕焼けのオレンジに黒が混じり、そうして日は沈み、星が瞬く。


星に手を伸ばしたら、掴めるかな?


なんて、子どもの頃は思っていた。


だけど、大人になれば、マルレーネたちみたいに、星に手を伸ばしてそれを掴める人間と、伸ばしても手が届かないあたしみたいな人間がいるって、わかるようになる。


あたしは、星に手が届かない。


遠くで光る星を見て、手に入らないと嘆くだけ。


恨んで、嫉妬したところで、星はあたしを気に留めてくれることはない。

所詮あたしは路傍の石。

星からなんて、見えもしない。

もう、涙も出ない。出るのは疲れた老婆みたいなため息だけ。


「……ウィプケ」

「なあに?」

「外、行かないか?」

「ん……」


ギード殿下に手を引かれて、そのまま外に出た。


ウチの男爵家の敷地なんて、王宮と比べて全然小さい。比べるのも烏滸がましい。

だけど一応、猫の額みたいに小さな庭があって、花壇があって、ベンチがある。そのベンチのところまでやって来たけど、ギード殿下は立ったまま。


「座らないの?」

「座りっぱなしだったから、もういい」

「そっか……」


ベンチの前で立ったまま。ギード殿下はあたしの手を放し、そうして夜空を見上げた。


「星なんて、瞬かなければいいのにな。そうしたら、手を伸ばそうなんて考えないのに」


同じようなことを、あたしもさっき考えてたよ。そう言ったらギード殿下は薄く笑った。


「そうか……」

「星に手が届かないんなら、もう諦めるしかないのよね。だから、あたしは大丈夫。ギード殿下が王城に帰っても平気だよ」


笑顔で言ったつもりだったのに、視界がにじむ。


「泣いてるけど?」

「あー……そうね。なんか目から水が流れていくわね。だけどあたし、いつまでもずっとあなたを思い続けられるほどの根性はないわ。だから、目から出た水なんて、いつか止まる。その頃には、きっと、全部、忘れるわ」

「ばーか」


ギード殿下がそう言って、花壇で咲いていた花をぶちっと取った。


「星には手が届かないけどな。この花だって、形だけは星に似てる」


差し出されたのは紫色に咲いた花。

花言葉は「変わらぬ愛」に「誠実」だ。

意味を知って、差し出してきたのかな? ……ううん、きっと知らないね。だってギード殿下、馬鹿だもの。

それを受け取ったあたしも馬鹿だけど。


「泣くくらいなら、俺でも良いって言ってくれよ。星は取ってやれないけど、花ならやれる」

「……その花、ウチの母が丹精込めたものですけど」

「あ……」


情けないくらいにしょぼんとしたギード殿下。ホント何をやっても様にならない。顔と声だけは、世界一の王子様なクセにね。

くすくすと笑いながら、わたしはギード殿下に手を伸ばす。


泣き顔を、彼の胸に押し付ける。

抱きしめてくれるギード殿下の腕は温かい。


「なあ……情けないついでに言うけどさ。いつか、俺、父上に会いに行きたい。多分、怒られるし、嘆かれると思う。だけど、王命に逆らって馬鹿をやったことは確かだから。きちんと怒られに、行く」


泣きながら、ギード殿下の言葉に頷く。


きちんと謝ったら、きっと陛下は許してくれるよ。

それで……あたしとギード殿下はお別れかな。


さよなら、今までありがとう。

たくさん嘘をついてごめんね。


ちゃんと言えるかな? 練習しておかないと言えないかも。


あーあ。また一人になっちゃった。あたしを選んでくれる男なんて、この世には、ううん、異世界に転生したところでいないのだろう。

寂しいな。苦しいな。辛い。なのに。


「だから、ウィプケ。一緒行ってくれないか? 馬鹿やったし、迷惑かけたし、勘当とか、もうされてるけど。だけど、一人だけ、一緒に生きていきたい女だけは、見つけましたよって。そう、父上には言いたいんだ」


驚いて、顔を上げる。

今、ギード殿下は何を言った?


「……一緒に生きていきたい女って、マルレーネ?」

「馬鹿、お前だよ」


息を吸ったら喉の奥がヒュッて鳴った。


「……あたしでいいの? 嘘つきの情けない駄目女だよ?」

「俺も情けないダメ男だから。丁度いいだろ」


俺達、お似合いだろ、と、ギード殿下が笑う。

その顔は、空の星のように輝いていた。


「……じゃあ、行くよ。一緒に。だから……」


だからあたしの側に、他の誰でもない、あなたが、ここに、ずっと居て。


ちゃんと、最後まで、この言葉を言えたかどうか。だけど、ぐちゃぐちゃに泣いているあたしを、ギード殿下はずっとずっと抱きしめてくれていた。


今、あたしは、望んでいた星を、手に入れた。






お読みいただきまして、ありがとうございました。


次回はギードの話です。


また金曜日にお会いいたしましょう☆

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