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【 番外編1 ヒロイン・ウィプケの話 ①】

①と②と③に分けて掲載します

「あれえ? 帰ってきたの? 早かったじゃん」


ゲームのコントローラーを握りしめ、目線もテレビの画面から離さないまま、お姉ちゃんがあたしに言った。


「……ただいま」


『ウィプケ、俺は一生お前を愛する! マルレーネとの婚約など破棄だっ!』


ぼそっとしたあたしの返事と、ゲームから流れてくる王子様的華やかボイスが重なった。


お姉ちゃんは喜々としてノートを広げる。


「やったあ! 第二王子ギードからの愛の告白っ! やっぱりこっちの選択肢があっていたのね! ひゃっほーい! これで悪役令嬢マルレーネの断罪一直線! エンディングが見えてきた‼」


お姉ちゃんが夢中になってやっているのは『ユメアイ』とかいう乙女ゲーム。

ネットの攻略サイトでも見ればすぐに最適ルートなんかわかるだろうに、お姉ちゃんはそういうものは絶対に見ない。

四苦八苦しながら、全て自分で解いている。

そして、まちがえた選択肢も、正解だったルートも全て自分でノートに書いている。


あたしは手洗いとうがいを終えた後、クッションを抱え、お姉ちゃんの近くに座った。

あたしはいわゆる乙女ゲームというものには興味はない。


反対にお姉ちゃんは暇さえあればゲームばかり。

いつもなら「乙女ゲームなんて何が楽しいの? リアルでレンアイしたほうが良くない?」とか、上から目線で言っちゃうんだけど、今日ばかりはそれは言えない。


「ねえ、お姉ちゃん。……乙女ゲームの攻略対象ってさあ、ヒロインを好きになって、その後嫌いになるってこと、ないの?」

「なーいよー。あったりまえじゃん! 乙女の夢に憧れを、これでもかって詰め込んでるのよ! だから当然溺愛されまくり! それが乙女ゲームのヒロインてもんよっ! でもって、そんなヒロインの代わりに可哀そうな目にあうのが悪役令嬢ね! ま、悪役令嬢モノの小説とかなら逆に攻略対象者とかヒロインとかが『ざまぁ』されるけどね。あ、昨日買った本がまさに、それっ! 見てこの新刊の山々っ! マルレーネが第二王子に『ざまぁ』する二次創作の同人誌もあるよっ!」


リビングに山と積まれているラノベに同人誌。……また買ったのか、お姉ちゃん。


「いや、読まないから」

「えー、読まないの⁉ 特にね、この同人誌のマルレーネなんて秀逸なのよ! 婚約破棄からの見事な仕返しっ! 転落する第二王子っ!」

 

お姉ちゃんは同人誌を一冊、差し出してきたけどあたしは受け取らずにいた。


「……そういう気分じゃ、ないし」


ざまぁ……ね。男が婚約者じゃない別の女を愛する話も、自分たちを認めてもらいたいがためにその男の婚約者である悪役令嬢を断罪するのも、悪役令嬢が婚約者に仕返しするのも、そんなもの、今はなんにも読みたくない。


……だって、感情移入、必要以上にしちゃいそうだから。


「……ねぇ、何かあったの?」


お姉ちゃんが訝しげにあたしを見る。あたしはため息をついて、ぼそりと告げた。


「婚約破棄された」

「は?」

「今日、結婚式場の見学予定だったのに。アイツ、そこに別の女連れてきた。『俺はこいつと婚約するから、お前との婚約はなしにしてくれ』だって」

「はあっ⁉」

「今日はそっちの新しい女と一緒に、そのまま式場見学するんだって。あたしは邪魔だって、アイツに言われた」

「何、それっ!」

「だから、今は、婚約破棄だとか乙女ゲームとか、パスしたい」

「ふっざけんなあの野郎っ! ウチの可愛い妹になに言ってんのっ! ねえ、ぶん殴ってきていい⁉」

 

お姉ちゃんは普段なら宝物のように大事にしている同人誌を放り投げて、防犯用に買っておいた野球のバットを掴んだ。仁王立ちになって、そのバットを振り回す。


「あんな奴、殴ったらお姉ちゃんが加害者になっちゃうよ。殴る価値なんてないでしょ……」

 

今、あたしには怒るエネルギーもない。ただ、ものすごく疲れて……傷ついている。


「むぅ……っ!」


ゲーム画面では攻略対象者とヒロインが手と手を取り合って、真実の愛だの何だのと言っている。


……乙女ゲームなんて興味はない。あたしは本当なら現実のカレシの方が良い。

だけど、今日みたいにそのカレシに裏切られた時は、ゲームの攻略対象者みたいに、裏切らない愛が欲しい……なんて思っちゃうよ。


お姉ちゃんに「ごめんね。でも気持ちは嬉しいよ、ありがとう」とだけ言ってから、自室に向かった。

すぐにベッドで丸くなる。一人になったら泣けるかな、とか思ったけど。涙は出てこなかった。

ただ、体がすごく重い感じがする。しばらくそのまま呆けていたんだけど、精神的なショックなのか、本当に熱でも出て来たのか、次第にぐるぐると目まで回ってきた。


「……気持ち、悪い」


まるで洗濯機に入れられて、洗われているかのよう。

目をつぶって、無理矢理にでも寝てしまおうか。

そう思ったのに、手足が引っ張られるようで、寝られない。


そのまま、どれくらいの時間、気持ち悪さに耐えていたのか。


ふっと、体が軽くなったと思ったら……知らない場所にいた。


「ここ、どこ……?」

 

狭い部屋。ピンク色の壁紙に、白の家具。三面鏡の前にはスツールが置いてあって、そのスツールには薔薇の柄が施されている。全体的に乙女チック。


「ナニコレ……。どこかの乙女部屋?」


変だなと思いながら部屋の中を見回した。


すると……。


「えっ⁉」


さっき、お姉ちゃんがやっていた、ゲームの、その画面に出ていたヒロイン。その顔そっくりの少女が鏡に映っていた。


「ウィプケ……って言ったっけ、あのゲームのヒロイン」

 

じっと、鏡を見る。ペタペタと、自分の顔を触る。


「え……、こ、これって……、お姉ちゃんが読んでるネット小説とかラノベでよくある異世界転生⁉ あたし、ヒロイン・ウィプケになっちゃったの⁉」


呆然と、した。

何が何だかわからなかった。

何でこんなことが起きるんだろう?


考えてもわからない。


とにかく、半ば呆然としつつもウィプケとして過ごしているうちに、この世界でのお兄様とやらに貴族が通う学園に放り込まれた。

そして、その入学式の時に攻略対象であるところのギード殿下と出会ってしまった。


「うっそ……マジなの……。マジできらっきらの王子様……」


お姉ちゃんは何故だか悪役令嬢マルレーネが好きで。彼女が登場する『第二王子ギード殿下』ルートばかりを攻略していた。

だから、お姉ちゃんに見せられるゲームの画面では、このギード殿下もおなじみだった。


「乙女ゲームの世界……。攻略対象者……。あたし、殿下を攻略した方が、良いの……? そうするのがシナリオ通りってことなの……?」


最初は、迷った。『第二王子ギード殿下』の攻略ルート通りに、ギード殿下と仲良くしていいものかどうか。


だけど、話していくうちに気が合ってしまった。


ギード殿下はとにかく顔と声が良い。他にいいところなんてないけどね。


優秀な第一王子。

優秀な第一王子の婚約者。

ギード殿下自身の婚約者であるマルレーネ侯爵令嬢も相当優秀。

国王陛下に王妃様も同様だ。


そんな中、たった一人だけ出来の悪いギード殿下はものすごくコンプレックスをこじらせている。


本当は国王陛下が大好きなファザコンのくせに「俺は父上からは認められていないから……」と、すぐにうじうじする。


覚えの悪いギード殿下が外交の席なんかで失敗しないように、婚約者であるマルレーネを傍につけられる。で、外国の要人と話をするのはマルレーネばかり。  


ギード殿下はにこにこ笑って「そうですね」と相槌を打つことしか出来ない。

マルレーネが話している内容の半分すら、ギード殿下にはわからない。 


だけど、そこでがんばって勉強したって、覚えられないもんは覚えられないんだから仕方がない。


元々持っている頭の良さが、違う。


本なんか、一度読めば完璧に覚えて忘れない……っていう、優秀な頭脳の持ち主の王太子殿下やマルレーネ。


ギード殿下なんて、十回二十回と繰り返し読んでも覚えられないのよね。


努力して努力して……頑張っても追いつけない。その繰り返しで、ギード殿下はたいそう腐ってしまわれましたとさってね。


……まあ、わかる。


あたしも、全然優秀じゃない頭の持ち主だし。婚約者に捨てられて、縋っても無理だな……って、大人しく引きさがるしかできなかったあたしには、ギード殿下の腐る気持ちがわかる。


……世の中にはさ、選ばれる人間と選ばれない人間がいてさ。で、あたしもギード殿下も選ばれない方なんだよね。選ばれるように努力したって選ばれない。そんな経験も、たっくさんしてきたからね。  


だから、諦めることに慣れている。


そんな感じで、卑屈仲間。


わかるよー。そうだよね。うんうん、あっちが優秀なだけなのよ。優秀なのが当たり前と思われて、できないこっちが手を抜いているとか言われてもどうしようもないのよね。こっちだってさ、ものすごく努力しているのよ? だけど、寝ないでがんばったって、優秀な方々の半分もできやしないのよね。

で、吐くほど努力しているのに「真面目にやれば?」「努力が足りないだけでしょ」「お前は駄目だな」なんて言われるの。冗談じゃあないっての。

ハイスペックな選ばれし者たちに、いくら努力しても追いつけないこっちの気持ちがわかるかってーのっ!


そんなふうに愚痴の言い合いで、仲間意識を持っていたギード殿下とあたし。


そんなスタートだったはずなのに、ギード殿下があたしを見る目は、いつの間にやら仲間意識から恋する男のそれに変わっていった。


あー……やっぱりここは乙女ゲームの世界なんだねえ。ギード殿下がマルレーネを捨てて、ヒロイン・ウィプケを選ぶ世界なんだわ、ここは。


そうやって、何が何でもシナリオ通りに恋愛にしていくんだなー……なんて、呆れていたはずなのに。


真っすぐに向けられる熱い視線。

好きだとか愛しているだとか惜しみなく告げられる。


しかも、顔と声だけはいい。


一方的に婚約者に捨てられたことがあるあたしの心には、実に沁み込んだ。


ちらっとね、よくある「乙女ゲームの強制力」的なことも考えた。ギード殿下がヒロインに恋心を持つのは、その強制力っていうか、植え付けられているだけなのかもって。


そういう展開の話、お姉ちゃんから耳が腐るほど、聞かされてきたし。


だけど、あたし、好きになってしまったんだよね。この情けない男のことを。


この気持ちが、その「強制力」なのか、自分の本当の気持ちなのか、わからない。


ただ、好きだと、そう思った。ううん、それだけじゃない。


ギード殿下は乙女ゲームの攻略対象者。


転生前の、お姉ちゃんとの会話を思い出す。


『乙女ゲームの攻略対象って、ヒロインを好きになって、その後嫌いになるってこと、ないの?』

『なーいよー。あったりまえじゃん! 当然溺愛されまくり! それが乙女ゲームのヒロインてもんよっ!』 


一度好きになったヒロインのことは、一途に愛し続ける。それが攻略対象者。


そして、あたしが欲しいのは、二度と決してあたしを裏切らない相手。一生あたしだけを愛してくれる男。


心臓が、どきりと鳴った。

手を伸ばせば、手に入る。あたしの、欲しいものが。



お読みいただきまして、ありがとうございます。

また金曜日にお会いできたら嬉しいです。

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