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【 書籍化記念・その3  リコリーナ視点、予約じゃなくて、決定で ②】

「……なんて思っていた頃がリコにはあったわね……」


今思えば幼いというか短絡というか……。恥ずかしい思い出よ。


「マルレーネ様に勝てるなんて思っていたのが思い上がりというか」

 

今ならもう、素直にリコはマルレーネ様に勝てなかったって納得ができる。


「まあ、我が妹はなかなかに規格外だからな……」


ルフレント様が遠くを見た。


あ、今日はね、ルフレント様がウチに、ツェルガウ家に来てくださっているの。


我が家のサロンなのに、まるで主人顔で、足を組んで優雅に紅茶を飲んでいるルフレント様。

この家の主であるはずのリコのおとうさまとおかあさまは、ルフレント様の前で平伏する勢いで身を縮めている。

あ、フェイトおにいさまもね。青い顔で固まって、身じろぎすらしていない。

おとうさまなんて冷や汗までだらだらと流しているわ。なのに、ルフレント様は涼しい顔。


「さて、前置きはこのくらいにして、本題に入るか」

「本題……とは……」

 

お父様がハンカチで汗をぬぐいながら、恐る恐る、ルフレント様にお尋ねになる。


おとうさまが恐縮するのも無理はないのよね。

べつにおとうさまは悪くなくて、悪いのは全面的にリコなんだけど。


ええと、ちょっと前にリコが、マルレーネ様に……酷いことをしたのよ。

うん、それはもう反省しているし、マルレーネ様もルフレント様も許して下さってると思うし……。


だけど、事情を知らないお父様からすれば、リコが犯した罪を償えとか、今更ながらにそういうことを言いに、ルフレント様がやって来たとびくびくしているのかもしれない。


「ああ、先日リコリーナ嬢に偶然会った時な、リコリーナ嬢と……とある約束をしてな。その契約書を作ったので、ツェルガウ伯爵にサインをしてもらいたい」

 

言いながら、ルフレント様は後ろに立っていたエイラウス侯爵家の使用人に目線を流した。

その使用人は、一つ頷くと、カバンから何枚かの書類を出し、それをテーブルの上に置いた。


「あ、あのお話って本気だったの⁉」


リコは思わず立ち上がってしまったわ。


だってねえ、リコとルフレント様って今日を含めて会ったのは、ほんの数回。その偶然出会った時だって、ほんの十分程度しか話していない。 


で、その時、何をお思いになったのかは知らないけど「リコリーナ嬢が学園を卒業するまでに、好きな相手ができなかったら婚約を申し込む」と言われたのよね。


「はあ?」って首を傾げたら、「立ち話でする内容ではないので、今度ちゃんとそちらにお伺いしよう」とか言われて。


リコはね、今、七歳よ? 

そりゃあ貴族の娘としては七歳で婚約なんて、あたりまえだけど。

ルフレント様が言っていたのは今すぐに婚約をするのではなく、将来、リコに好きな人ができなかったら婚約っていう、なんていうの、条件付きの、婚約の、予約? そんな感じだった。 


まともな求婚だとは到底思えなくて、おとうさまにも言わなかったんだけど、ルフレント様は、今日、本当に、リコの家にやって来た。


「冗談など言わない。私は常に本気だが?」

「えー、でも、あの時のお話ってリコは良いけど、ルフレント様には不利なお約束でしょう? もしもリコが学園を卒業するまでに、リコに誰か好きな人とかができたらどうするの? ルフレント様、婚期、逃しちゃうじゃない。まともなご令嬢がルフレント様のお嫁さんになってくれなくなっちゃうじゃない。それに後継ぎとかどうするの?」

「まあ、その時はその時だ。陛下にお願いして王家の男子を一人か二人、我がエイラウス侯爵家に養子を貰ってもいいのだし」


マルレーネ様もオカシイけど、マルレーネ様のお兄様のルフレント様も、相当変わってる。


だいたいマルレーネ様を誘拐したような感じのリコに求婚予約をするなんて、変。


「この間は聞けなかったけど、ルフレント様、別にリコのこと、恋愛的に好きとか言うわけじゃないんでしょ?」

 

リコのこと、好きだっていうのなら、大人になったら結婚しようって申し出てくれるのも分かる。


だけど、きっと、ルフレント様はそういう意味で、リコのことは好きではない……と思う。


「七歳の幼女に恋愛感情を抱く成人男性がいたら、そんな犯罪者は海に沈めてしまえばいい」

「だけど、リコに求婚したら、ルフレント様がその幼女趣味だって思われるよ?」

「既にマルレーネには言われたが。まあ誰がどう思うと私は別に構わん。リコリーナ嬢が私との婚約が嫌だと思うのなら、私は帰るが」

 

ルフレント様が立ち上がりかけたので、リコは即座に首を横に振った。


「待って。この約束、一方的にリコに都合が良いだけだから納得ができないだけなの。もしもルフレント様がリコのこと、今からでも確保しておきたいってくらいに好きなら分かるんだけど、ちがうみたいだし」

「当然だ。今のリコリーナ嬢に欲情する変態ではない」

 

七歳に向かって欲情とか言わないでよね……。ホント変な人。


「なのに、婚約の予約までしてリコを確保しておきたいって、どういうことなのかなーって。だって、ルフレント様ならお相手なんていくらでもいるんでしょう?」

「それがな、ただの一人でさえもいない」

「ええっ! どうして? 侯爵家の跡取りってだけでも、いくらでも縁談なんて結べるでしょ?」

「若気の至りで、とある伯爵家を完膚なきまでに消滅させたからな。皆恐ろしがって私に近づかん」

消滅って……魔王なの?


じっと、リコはルフレント様を見た。


ついでにおとうさまのほうも見た。

おとうさまはさっきからぜんぜんしゃべらない。で、ルフレント様の「消滅」って言葉に盛大に震えていた。


……何をしたのかしらね、ルフレント様は。


あとでおとうさまに聞いておこう。このご様子じゃあ知っているのだと思うし。

だけどそれは後で構わない。だって多分、ルフレント様の魔王加減を聞いても聞かなくても、リコの気持ちは変わらない。


大好きだったエードゥアルトおじさま。

正直に言えば、まだ、きっと、好き。

だって、ずっとずっと、リコはエードゥアルトおじさまと結婚すると思い込んでいたのだもの。


でも、リコは、おじさまとマルレーネ様を祝福したいの。

 

変で、おかしくて、それでもリコのことを子どもじゃなくて、一人の人間として全力でリコに対峙してくれたマルレーネ様を……リコは、きっと、好きになりたいから。

 

それからこのだいぶ変なルフレント様とも、もう少し仲良くしてみたいから。


「ペン、借りていい?」


ルフレント様の後ろにいる使用人のヒトが、どこからともなくスッとリコにペンを差し出してくれた。


契約書の余白にリコはまず名前を書いて、それから「リコが十六歳になったら、ルフレント様とケッコンする」と書いた。


「予約じゃなくて、決定でいい」

「……急ぐ必要はないのだが?」

「リコは……、ルフレント様は好きだけど、恋愛とかとは違うと思う。だけど、この先ルフレント様よりも面白いヒトに出会えるとは思えないから」


リコが大真面目にそう言ったら、ルフレント様は目を大きく見開いて、それからすぐに声を上げて大笑いをした。


あら、目を見開くと、マルレーネ様によく似ている美形なのね、なんて、どうでもいいことを、リコはちょっとだけ思ってしまった。






お読みいただきまして、ありがとうございます。

また金曜日にお会いできたら嬉しいです。

次回はヒロイン・ウィプケの話を予定しています。

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