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【 書籍化記念・その3  リコリーナ視点、予約じゃなくて、決定で ①】

リコリーナちゃん視点です。

①と②に分けてお届けいたします。

ふんわりとしたミルクティ色の髪。

アクアマリンみたいな水色の瞳。


リコは自分の髪と瞳の色が好き。だってエードゥアルトおじさまとおそろいなんですもの。


リコがそう言うたびに、おかあさまはくすくすとお笑いになるの。


「あらあらリコリーナってば。おかあさまと同じではなく、エードゥアルトと同じだから……なの?」

 

エードゥアルトおじさまはね、おかあさまの双子の弟なの。だから、エードゥアルトおじさまもおかあさまも髪の色と瞳の色は一緒。


「……三人一緒におそろいって言えばいい?」


リコはちょっとムッとして、口をすぼめたの。


「色が大事ではなく、エードゥアルト叔父上とお揃いというところをリコリーナは強調したいのでしょう。例えばですけど、エードゥアルト叔父上が黒髪だったのなら、リコリーナは黒が好きだと言ってますよ」

「フェイトおにいさま!」

 

サロンに入ってくるなりそう言って、フェイトおにいさまはソファに深く腰をかけた。

 

そうしてリコに向かってニヤっと笑う。


「……おにいさまとおとうさまのコーヒー色の髪の色も、好きよ」

 

口を尖らせたまま、言う。おにいさまはさらっと「ありがとう」とリコに微笑んで下さるけど、ちょっとだけその笑みはいたずらっ子みたい。


「リコリーナの言いたいことをこのおにいさまが当ててあげよう。リコリーナはエードゥアルト叔父上と二人だけの特別が欲しいんだろ? 例えば結婚指輪とかみたいにさ」

 

そうっ! そうなのよっ! 

フェイトおにいさまはリコリーナのことすごくよくわかってくれているのね!

 

欲しいのは、二人だけの特別。おそろいのもの。結婚指輪なら最高よ!

 

最近リコは刺繍を習い始めたから、ハンカチに刺繍をしたの。リコの分とエードゥアルトおじさまのと、二枚とも同じ図柄で。お揃いなの。今度エードゥアルトおじさまがリコのお家にいらっしゃった時にお渡しするつもり。

 

ねえ、エードゥアルトおじさま。リコは刺繍もこんなに上手になったのよ。 

ねえ、エードゥアルトおじさま。リコはまだ六歳だけど、もう一人前の淑女なのよ。 

だから……だから、そろそろエードゥアルトおじさまもリコに正式な婚約の申し込み、してくださってもいいと思うの。


「ねえ、おかあさま。エードゥアルトおじさま、今度はいついらっしゃるの?」

 

エードゥアルトおじさまがいらっしゃったら、ハンカチをお渡しするの。それから言ってみるつもり。

 

結婚はあと十年くらいお待たせしてしまうけれど、婚約なら今すぐにでも大丈夫ですよって。

 

でも、リコからエードゥアルトおじさまに直接言うのは……ちょっと、はしたない、かしら?

 

あ、そうだ、おかあさまからエードゥアルトおじさまに伝えてもらえばいいのよ! うん、素晴らしい考えね!

 

どきどきと高鳴る胸を落ち着かせるように、リコはちょっと息を吸う。


「ね、ねえ、おかあさま。あの、その……エードゥアルトおじさま……の、婚約なのですけど」

 

リコがおずおずと聞けば、おかあさまは「あら、どうしてリコリーナが知っているの?」と首をかしげた。


「エードゥアルトから婚約の挨拶をしに来ると、手紙が届いたのは今朝なのに」

「え? こ、婚約?」

 

ああ、やっぱりエードゥアルトおじさまもリコとの婚約をそろそろと思ってくださっていたのね! 

すごい! 

リコとエードゥアルトおじさまはきっと心と心が通じあっているんだわ!


お、おかあさま、いつ? いつエードゥアルトおじさまはリコのところに来てくださるの?」

 

早く早く早く。

一刻も早くリコはエードゥアルトおじさまと婚約を結びたい! 

できるのなら、結婚式だってすぐに挙げたいくらいよっ!


「まだ決まっていないわ。ツェルガウの予定もあるし、」

 

リコの、娘の、婚約よ! おとうさまのお仕事なんて後回しよ! 婚約のほうが大事でしょ!


「早いほうがいいわよ! ねえ、おかあさま、急がせてよ!」

 

待ちきれない。


「そうは言っても……あちらもご予定があるでしょうし」

「あちら? エードゥアルトおじさま? お忙しいの?」

「それもあるけど、相手のお嬢様のご予定もね」

「相手のお嬢様?」

 

なんの相手? 

リコにはおかあさまが言った言葉の意味が分からなかった。


「もちろんエードゥアルトと婚約してくださったエイラウス侯爵令嬢マルレーネ様のことよ」

 

エードゥアルトおじさまと婚約を結ぶのはリコでしょう? 

どうしてマルレーネなんてヒトの名前が出てくるの?


「もうね、物語みたいに素敵なのよ。エイラウス侯爵令嬢はね、学園の卒業パーティの時に婚約者から婚約破棄を告げられたの。まあ、その婚約者というのはあのギード第二王子なのだけれど。その時にね、エードゥアルトったら、皆の前でエイラウス侯爵令嬢に求婚したのよ。それで、エイラウス侯爵令嬢にかけられていた呪いがとけてね……。『真実の愛』だって、会場中が湧いたらしいわよ。あの魔道にしか興味がなかったエードゥアルトが、呪いを解くほどの情熱で求婚だなんて……!」

 

リコはおかあさまの言っていることが全然わからなかった。

 

求婚?

真実の愛?

どうして? 


おかしいじゃないっ! 

エードゥアルトおじさまはリコと結婚するはずなのにっ!

だって、リコ、ちゃんと言ったわっ! 「リコが大きくなったらエードゥアルトおじさま、リコをお嫁にもらってね」って。

エードゥアルトおじさまだって「ありがとう、嬉しいよ」って言ってくださったのにっ!

 

訳がわからなくて、リコは大泣きしたの。


おかあさまは突然泣き出したリコに「どうしたの?」とリコの顔を覗き込んできたけれど、リコの涙は止まらなかった。


フェイトおにいさまは「あー……」って低く唸って、天井を見上げてた。そんなのどうでもいい。とにかくリコは泣いて泣いて泣きまくって……そのまま、眠ってしまったの。



目が覚めたとき、リコは自分の部屋のベッドにいた。誰かが運んでくれたみたい。頭がガンガンと痛む。目が熱くて、まぶたが重い。

そのままぼーっとしていたら、ドアがノックされた。


「リコリーナ、起きてるか?」

「フェイトおにいさま……」


リコの返事も待たずに、勝手にフェイトおにいさまがリコの部屋に入ってきた。開けた扉がパタンと音を立てて閉まる。


「ああ、起きてたか。気分はどう?」

「……さいあく」


むすっとしていたら、フェイトおにいさまはリコのベッドのそばに、勝手に椅子を引きずってきて、その椅子に座ったの。


「……おまえ、エードゥアルト叔父上のこと、大好きだもんな。だからエードゥアルト叔父上とエイラウス侯爵令嬢との婚約にショックを受けたんだろ?」


揶揄うようなフェイトおにいさまの声に、むかむかした。


「当たり前でしょっ! エードゥアルトおじさまはリコと結婚するって言ってくれてたのにっ! どうして? どうして別の女と婚約なんてするのよっ!」


叫べば、フェイトおにいさまはわざとらしく耳を手でふさいでいた。


「大きな声を出すなよ。……あのな、リコリーナ。エードゥアルト叔父上はリコリーナと結婚するなんて言ってないだろ?」

「リコはちゃんと言ったもんっ! 大人になったら結婚してって、四歳の時にっ! エードゥアルトおじさまだって笑って頭を撫でてくれて『ありがとう、嬉しいよ』って言ってくださったわっ!」

 

リコはそれからずっとずっとエードゥアルトおじさまの素敵なお嫁さんになれるように、淑女教育だってなんだって、ずっと、ずううううううっと、がんばってきたのよ。

エードゥアルトおじさまの隣に立つのにふさわしい淑女になるようにってっ! 早く早く大人になるようにってっ!

 

フェイトおにいさまは、呆れたようにため息をついた。


「リコリーナ。お前、自分の記憶を都合のいいように改ざんするな。お前は確かに四歳の時に叔父上に結婚を迫った。だけど、叔父上はその気持ちが嬉しいと言っただけで、承諾なんてしてないよ」

「嘘っ!」

「ウソ言ってどうする。四歳のコドモが二十歳半ば過ぎの叔父に求婚だ。その場にいた全員が微笑ましくリコリーナを見ていたさ。それにエードゥアルト叔父上がリコリーナに言ったのは『今はこんなことを言ってくれているけれど、年頃になったらすっかり中年になった叔父のことなどは忘れて、同世代の青年に恋をするんだろうね。だけど気持ちは嬉しいよ』だ」

「嘘……」

「だから嘘じゃない。都合のいいところだけをお前は覚えていたんだろ。それとも『気持ちは嬉しい』っていうのを承諾と誤解していたのか?」

「……だって。嬉しいって言うから。エードゥアルトおじさまもリコと同じ気持ちだって……」

「ばーか。二十歳半ばの地位も仕事もある男が、四歳児の姪に求婚されて本気に取るはずないだろう。父親に対して小さい娘が『将来はおとうさまと結婚する』とか言うみたいにさ。大人たちはみーんな『コドモは無邪気だなって』お前のコト笑ってたぞ」

「だって、だって、だって……」

「小さい子の可愛い戯言としか思われてないよ」

「うそ……」

「あたりまえだろ? それに法律的にも叔父と姪の婚姻なんてできないし」

「うそ……よ」

「叔父上だって幼女趣味じゃないだろうし」

「……同じ年なら、リコを選ぶってこと?」


フェイトおにいさまは呆れたように笑った。


「無理だろ? だってエイラウス侯爵令嬢って、ド派手な美人って噂だもん。叔父上の趣味がそういう系の美人なら、逆立ちしたってリコリーナは無理だろ。お前は美人系じゃなくて可愛い系だから。さっさと現実を見て、叔父上の婚約を祝ってやれよ」

 

フェイトおにいさまの言葉に、リコのどこかがぶちりとキレた。


「おにいさまなんてだいきらいっ!」


そのままリコは、両手に魔力を込めて、フェイトおにいさまを思い切り『押した』。

 

リコの部屋の壁をすり抜けた向こう側、廊下で椅子ごと倒れた音がした。


「痛ってええええっ! この馬鹿っ! お前の魔力は人に向けて放つなって言われているだろうがっ! 危ないんだぞお前の力はっ!」

「知らないっ! おにいさまはうるさいっ! バカっ!」

 

リコは立ち上がって、扉に向かい、そうして鍵をかけた。

 

フェイトおにいさまがドンドンと扉を叩いているけど知らない。無視。

 

リコは、今、フェイトおにいさまを『突き飛ばした』自分の両手をじっと見た。

 

リコの魔道。それは物体を瞬間的に別の場所に移動させること。

それほど遠くにはまだ飛ばせないし、自分自身も飛ばせない。しかも、真っすぐにしか飛ばすことはできない。使いどころがない上に、危ない力、なんですって。でも暴漢とかに襲われた時は、相手をどこか遠くに飛ばして、リコの身を守ることができる。それに、危険な力なら、怖がらないできちんと制御することが大事。そう言って、エードゥアルトおじさまとウィンセントおじさまが根気よくリコの訓練に付き合ってくれていたの。

 

ああ……、そうだ。リコは、危険な、悪い人を、どこか遠くに飛ばせることができるのよ。

 

リコは自分の両手をじっと見る。

 

まだ小さい手。

だけど、刺繍とか、たくさんのことができるようになった、このリコの自分の手。


「そうよ……。エイラウス侯爵令嬢なんて悪いオンナはどこか遠くに飛ばしちゃえばいいんだわ。そうすれば……そうすれば、きっとエードゥアルトおじさまだって、悪いオンナに騙されずに済んだって、リコに感謝してくださるはずよっ!」

 

リコはぐっと自分の手を握る。

 

集中して、リコの魔力を手に溜める。

 

弱い力でも、重ねれば。

ううん、単に重ねる……足し算するのではなく、掛け算すれば。


エードゥアルトおじさまには二度と会えないくらいすごく遠くに、悪いオンナを飛ばせるかもしれない。

そうよ、物語ではいつも悪い魔女は滅びて、お姫様は王子様と幸せになるのよ。


それが当然。あたりまえ。


だからリコはひたすらに魔力を重ね続けたの。

重ねて、重ねて……どんどん重ねていって……これ以上もなく、強大にした。


これならエイラウス侯爵令嬢なんて、エードゥアルトおじさまを騙した悪いオンナを、二度とこの国に戻れないくらいに遠くへ飛ばせるかもしれない。ううん、かもしれない、じゃない。やるの。リコはできる。エードゥアルトおじさまを、決して悪い魔女なんかに渡したりはしない。リコがこの手でエードゥアルトおじさまを守る。



「……なんて思っていた頃が……、リコにはあったわね……はあ……」



お読みいただきまして、ありがとうございました!

また金曜日にお会いいたしましょう!

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