【WEB版本編】第二話 お父様。申し訳ないのですが、
「お父様。申し訳ないのですが、わたしの専属侍女をイルゼだけでなく……そうですね、あと二人か三人ほど付けていただくわけにはいきませんか?」
突然の申し出に、お父様は手にしていたナイフとフォークをテーブルの上において、わたしのほうを訝し気に見てきました。
「イルゼだけでは不足なのか?」
「いいえ、現状ではイルゼが十分にわたしの手足となってくれています。ですが……」
「だが、何だ?」
此処が肝心よっ!わたしの計画にはとにかくわたしの身を補助してくれる手が必要なの。ぎゅっと口を結んでから、わたしの碧の目に力を込めて、お父様を見ます。
「……呪いを、受けました」
まず、衝撃的な一言だけを、短く告げる。これが大事なのよ。
プレゼンテーションの基本ね。最初に相手の関心を掴めないと、いくら良いものを提案しているのだと言っても、どれほど言葉を尽くしても、話など聞いてはもらえないの。右から左にスルーされるだけ。
だから、わたしは、まず、『呪い』とだけ告げるのです。
説明はお父様が興味を示してくれた後からでいいの。
「呪い……だと?」
「はい」
食いついてくれたかしら……ね。まあ、実は「呪い」なんていうのは嘘なのですけれど。
『発達した科学と魔法は区別がつかない』のだそうよ。
まあ、前世で読んだ本の受け売りだけど。
例えばね、江戸時代の人にスマホなんて見せたら。魔法……じゃないか、当時の言葉だと、妖術だとか言われるでしょう。
科学も魔道も妖術も……呪いだって、知識がなければ区別はつかないわ。
知らないものは理解できないから。
だったら、現代日本の科学なんて、この世界では呪いだとか魔法だとかとも区別はつかないでしょうって、わたしは思うのよね。
だからわたしは現代日本の科学知識とこの世界の魔術を融合してみたの。
音というのはつまりは振動。震えが、空気を伝わり鼓膜に達する。
人の体は脳からの電気信号を発するの。その電気信号が筋肉に伝わって、それで筋の最小単位のサルコメアが収縮することによって動くのよ。
その「伝う」という部分をわたしは魔道によって止める……と、まあ単純に言えば、そんな感じかしら。本当はもっと複雑な術式を組んでいるけれど。まあ、それは説明を省くとして。
声帯の震えを伝えなければ声は発せない。
脳からの電気信号が伝わらなければ体は動かない。
学校で習う理科の知識程度のものだけど、そんな知識はこの乙女ゲームの世界にはないのよね。
病気やケガを治すのはポーションだの回復魔法だという世界ですもの。
医療なんて発達していないし、当然人体構造だの、筋肉の動かし方だの、音が伝わる仕組みなんていう、学校で習う理科的な知識は知られていないのよ。
そういったこの世界にはない知識を、わたしはわたしの魔道の基礎理論の中に組み込んだの。
決して呪いなどではないのよね。
だけど、この世界の人にとっては知らない知識。
呪いも魔道も理科の知識も……知らないものだから、一緒くたにまとめてなんて「呪い」のカテゴリーにまとめたとしても、まあ、別に問題はないでしょう。
だから、わたしが「呪い」と言おうが「理科の知識」と言おうが「魔道」と言おうが……名称などどうでもよく、みんなまとめて「この世界にはない知らない知識=呪い」でいいのよ!
あとはそうね、それだけではなくて、色々と魔道の重ね掛けをしております。
ギード殿下の声を魔道に登録して、彼の声で「婚約破棄」と言わなければ魔道の解除は出来ない……などなどとね。まあ、つまりは単なる音声認証ってやつですが。
そんな前世の知識にこの世界の魔術をミックスしたものなんて、いちいちお父様に説明するつもりはないのです。
今わたしがお父様に伝えたいのは「どんな種類の魔道なのか」ではなく「呪い(嘘だけど)にかかって体が動かせなくなります」っていう一点のみだもの。
「わたしは何者かによる呪いをこの身に受けました。今はわたしの魔力で抵抗していますが……。解除できることなく、まもなくその呪いに蝕まれるでしょう」
一息いれて、わたしは紅茶のカップを手に取り、そして一口だけ紅茶を飲みました。
「今はこのように自身の手で紅茶を飲むことができます。ですが、それもすぐにできなくなります」
「どういうことだ?」
「わたしの右の手も左の腕も……呪いにより動かなくなります」
本当は見知らぬ誰かの呪いではなく、わたしがわたしの両腕に魔法をかけるのだけれど。それは言わないでおきます。
「手が使えなくなりますので、わたしの手となり動いてくれるものが必要です。こうやって今は自分の手で朝食を取り、紅茶を飲んでおりますが……、それを全て侍女にしてもらわねばなりません。イルゼ一人だけでは大変でしょう。わたしが起きてから寝るまで、ずっと休みなくわたしの側についてわたしの世話をしなければならないのですから」
世話というよりも介護かしらね。顔も洗えなくなるし、お風呂で体も洗えなくなるし、トイレに行ってパンツを下ろすことだってできないんだもの。
そんなことをね、たった一人でやらせるのはすっごく大変だし、万が一イルゼが風邪でもひいて熱でも出したら。その間わたしを世話する者がいない……とは言わないけれど、不慣れな者に任せるのは大変だろうと思われますし。
お父様が突然のことで呆然としている間に更に畳みかけましょう。交渉はスピードが命ですものね。
「腕だけならばイルゼとあと一人くらいいれば大丈夫でしょう。ですが、呪いは腕だけではありません。わたし、もうすぐ話すことも出来なくなります。とすれば、話さなくてもわたしの意をくんでくれるものが必要です。臨時の者には任せられません。イルゼと同じように、またはそれ以上の、わたしの意を汲み、わたしの世話をしてくれる者が複数名必要となります」
わたしは、恵まれた侯爵令嬢であるというその属性を自分で剥ぐことにいたします。
手が動かせず、話すことができない。
それは、他人の同情を引きやすい……はず。
他人の同情が引ければ、悪役とされる確率は減る……と思うのよね。
それがまず一つ目。
そして体に瑕疵があれば、第二王子との婚約が解消されるはずよ。
これまでやんわりと婚約解消を狙って動いてみたのだけれど、どれも不発だったのよ……。乙女ゲームの強制力的に、ヒロインと第二王子がくっつくためには悪役令嬢って存在がどうしても必要らしいのよね……。
だけど、喋れないで動けない者が王子妃になれるはずもないわ。
これが二つ目。
万が一解消されなくても……わたしのこの腕では、乙女ゲームのお約束、ヒロインを階段の上から突き飛ばすことも出来ないし、彼女の教科書を破り捨てることも出来ないでしょう。
喋ることができなければ、取り巻きの令嬢たちに「ヒロインを苛めろ」などと命令を下すことも出来ないし。
周りが勝手にやっているかもしれないが、それをわたしが止めることも不可能よね。
つまり、わたしに罪はない。
お父様は本当に呪いを受けたのか、解呪は出来ないのかなどと聞いてはきましたが、わたしは首を横に振るだけ。
「わかりません。ただ既に、腕の動きが悪くなってきております。抵抗するわたしの魔力が少しでも緩めば……一気にこの身は呪いに蝕まれるでしょう」
耐えるように、わたしは俯きます。
「……お父様。ですからまずわたしに侍女を付けてくださいませ。そうして……可能であれば、第二王子殿下との婚約を……無かったものに……して、ください」
俯いて、涙をこらえるようにぎゅっと目を瞑りました。
流石に演技で涙を流せるほどの女優ではないけれど、ここが肝要かと思えば、体が震えてくるわ。
お父様は低い声で「わかった」とだけ、返事をくれました。ふう、これで第一段階クリアかしら。でも気は抜けないわ。頑張りましょう。
お読みいただきましてありがとうございます。