【 書籍化記念・その2 マルレーネ、兄ルフレントの婚約予定者を知る ②】
そんな素敵でナイスなエードゥアルト様の額にも、皴が寄ることもある。
「……一体、どういうことなのでしょうか……?」
「……ええっと、わたくしにも、一体全体どういうことなのか……」
わたしたちは二人で顔を見合わせて、唖然としてしまったのよ……。
何がどういうことか、順を追って話してみると……。
前回、エードゥアルト様が我が家のサロンにお越しいただいた時に、わたしの兄の婚約について話したのよね。
で、その時にルフレントお兄様が学生時代には婚約者がいたけれど、色々あって、その婚約者の実家ごと消した……って感じの話をしていたの。
そして、昨日。
わたしはルフレントお兄様から「婚約予定者ができた」と聞かされたのよ。
婚約者、ではなく、婚約予定者というあたり、ナニかあるぞ、という感じだったのだけど。
それでも、意を決してわたしはルフレントお兄様に聞いてみたの。
「婚約、予定ですか?」
「ああ」
「えっと、おめでとうございますと言っていいのかしら?」
「まあ、予定でしかないのだが……。一応相手のご令嬢からの承諾は得ている」
婚約しました、ではなくて、婚約の承諾は得ている……って。
あ、相手のご令嬢なりお家なりを脅したとかなのかしら?
それとも婚約破棄前提で、またお相手のご実家ごと消滅させるおつもりなのかしら……。ぶるぶる。怖い。
震えそうになったわたし。けれど、兄は予想外のことを言いだした。
「ああ。私の婚約者になる予定者はかなり年若でな。彼女が貴族学園に入学し、卒業するまで彼女の気が変わらなければ婚姻を結ぶという、そういう約束にしてある」
え? ということは、まだ貴族学園にも入学していないご令嬢? 学園入学は十四歳からだから、それより若いということ? しかも契約ではなく約束?
「……相手の方のお年はおいくつで?」
「たしか七歳だったはずだ」
な、七歳⁉
「ルフレントお兄様……、幼女趣味?」
驚きのあまり、うっかり呟いたわたし。
ルフレントお兄様は氷河期の嵐よりも冷たい目でわたしを見てきたわ……怖っ!
「マルレーネ。お前とエードゥアルト学園長の年の差は何歳かい?」
ルフレントお兄様は口元だけでにっこりとお笑いになった。だけど瞳は冷たいまま。
「え、えっと、わたくし、十七になりましたので、エードゥアルト様は三十歳。つまり十三歳差です」
わたしは厳しい家庭教師に答えを求められた時以上に、びしっと背筋を伸ばした。
「では私は今何歳か?」
「ルフレントお兄様は丁度二十歳ですわね」
「私より十三歳年下のご令嬢は今幾つだと思う?」
「……七歳ですわね」
「十七歳のお前と三十歳のエードゥアルト学園長。七歳のご令嬢と二十歳の私。年の差は同じだな」
「うっ!」
兄を幼女趣味と貶したら、エードゥアルト様も幼女趣味になってしまうということ⁉
あ、あうううううう。
「……ごめんなさいお兄様。失言でした。全面的にわたくしが悪うございました」
土下座した。
そうしたらルフレントお兄様はわたしの頭をポンポンと軽く叩いてきた。
「お前はよくよく物事を考えてから発言するようにな」
「は、はいいいいいいいい……」
わたし、全面降伏。
だけど、その齢七つのご令嬢のことが気になった。
『彼女が貴族学園に入学し、卒業するまで彼女の気が変わらなければ婚姻を結ぶ』というお兄様のご発言からして、お相手のご令嬢を脅して無理矢理に婚約者にする……ということはしていないだろう。多分、お相手の、ご意志優先。そうだと思う。
悪役令息などと言われていようが何だろうが、無理矢理に何かを強要するようなお兄様ではない。……多分。敵対者にはきっと容赦しないだろうけれど。
ということは、だ。
お相手のご令嬢は、こんな兄との婚約を、承諾しているというわけで……。
兄と、自由意思で婚約を結び、そしてきちんと学園入学し、卒業するまで兄を待たせるであろう七歳のご令嬢。
……誰だ、そんな猛者は。
というか、そんなすごいご令嬢がこの国にいたのか。
わたしはごくりと唾を呑み込んだ。
人格者であらせられるのか。それとも『悪役令嬢』も裸足で逃げだすほどの、強者か。逆に、何も考えていない天然ご令嬢なのか。
いやいやいやいや、最後のはなさそうだ。
少なくとも、我が兄が婚約し、婚姻を結んでも良いと思ったお相手なのだ。しかも御年七歳の幼少のみぎりで。学園卒業まで待ってでも、この兄が婚約したいと願うお相手。
女神……かな?
きっと、素晴らしいご令嬢に違いない。
わたしはぐるぐると想像を巡らした。
そんなすごいお相手は、どなたなのだろうか?
考えるより、聞いた方が早いだろう。
わたしはわくわくを抑えきれずに、聞いた。聞いて、しまった。
「ルフレントお兄様。その、お兄様と婚約を予定しているご令嬢は、いったいどちらさまで?」
聞いてしまったのは、自然な流れ、だろう。
この流れで聞かないという選択肢はないだろう。
ルフレントお兄様も、焦らすことなくあっさりと教えてくれた。
「どちら様も何も、マルレーネもよく知っているだろうに。リコリーナ嬢だ」
「……は?」
リコリーナという名の七歳のご令嬢が、わたしの知っている彼女以外にいたかしら……なんて、一瞬現実逃避をしてしまった。
けれど、ルフレントお兄様はわざわざ「わたしもよく知っている」などと言う説明を、つけてきた。
と、言うことは、リコリーナというのは……いうのは……。
「ま、まさか、お兄様。お兄様の婚約者になる予定のご令嬢とは……つまり、エードゥアルト様の双子のお姉様でいらっしゃるジョセアラ・ルダイシー・ツェルガウ伯爵夫人の娘であるところの、リコリーナちゃん⁉」
「……随分と説明が長いが、そうだ。それ以外にお前が知っているリコリーナ嬢はいないだろうに」
お兄様がクックックとお笑いになる。
わたしは何をどう言っていいのかわからず、ただただ思考を停止した。
「お前とリコリーナ嬢との間に起きたあれやこれやの後、何度か偶然に出会ってな」
「…………偶然?」
「もちろん偶然だとも」
にっこりとお笑いになるお兄様。
……笑顔が胡散臭い。絶対に嘘だと思う。
我が兄の行動に「偶然」など無い。多分。
きっと監視とまではいかないけれど、リコリーナちゃんのことを調べるとかなんとか、していたのだと思う。
何故ならば、わたしとリコリーナちゃんは、とあるもめ事を起こしたのだ。
それはここでは割愛するが、端的に言えば、わたしもエードゥアルト様のことが好きで、リコリーナちゃんもエードゥアルト様のことが好きだという、まあそういう女の戦いを、したのよね。
で、わたしたちは二人きりで、無人島なんかで過ごしたの。
……まあ、そういうことがあったのよ。
ルフレントお兄様のことだから、事後処理とか……万が一、リコリーナちゃんがわたしに対して何か、お兄様の逆鱗に触れるようなことをしていたら……消す、おつもり、だったのではないかしらね?
それで、周囲を探っていたとかではないのかしらね?
そのくらいはきっとお兄様は、絶対に、やる。ぶるぶる。
なのに、何故、そのリコリーナちゃんと婚約?
「まあ、別にいいだろう。リコリーナ嬢が私との婚約予約を承諾してくれたのだから」
何が別にいいのか、わたしにはまるでわかりません。
ですが、ツッコミを入れれば我が身が危うくなりそうだわ……。
「その……、ルフレントお兄様とリコリーナちゃんの婚約のことは、エードゥアルト様もご存じなのですか?」
とりあえず、恐る恐る、それだけは聞いた。
「いや、まだこれからだ。というよりも、現状は私とリコリーナ嬢の間だけの口約束でしかないからな。エードゥアルト学園長にこの話が伝わるのは私がツェルガウ伯爵夫妻の元へ赴いて、婚約予定の契約書にサインをもらった後になるだろう」
「ソ、ソウですか……」
◆◇◆◇◆
そうして、今に至る。
どうにもこうにも、胸に秘めておくことができずに、わたしはエードゥアルト様とのデートの最中に聞いてみたのだ。
我が兄ルフレントとリコリーナちゃんが婚約を結ぶようですが、何か聞いていらっしゃいますか……と。
エードゥアルト様も完全に初耳だったようで、お素敵な額に、皴が寄っている。
「リコリーナとルフレント殿との組み合わせ? しかも婚約の予定というか、予約? それは……一体、どういうことなのでしょうか……?」
「……ええっと、わたくしにも、一体全体どういうことなのか……」
まさか監視目的で?
……ちらと思ってしまったけれど、流石にそこまでは……しないと……思いたい。けど……。
わたしたちは二人で顔を見合わせて、黙りこんでしまったわ……。
エードゥアルト様はちょっと複雑かもしれない。
ご自分の姪が、わたしという婚約者の兄と婚約予定。
しかもリコリーナちゃんは四歳の時にエードゥアルト様に求婚をしていたという過去を持つ。
「と、とにかく。正式に婚約が結ばれた後には、ジョセアラの方から私に何らかの知らせが来るでしょうから……」
「ええ、それまでは……」
わたしとエードゥアルト様は、目と目を合わせて、二人同時に言った。
「この話は聞かなかったことにしましょうか」
「この話は聞かなかったことにしましょうね」
あら、ハモったわ。わたしたち気が合いますね……なんて、ね。はあ……。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回3月29日、リコリーナちゃん視点にてお送りします。