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【 書籍化記念・その2  マルレーネ、兄ルフレントの婚約予定者を知る ①】

長くなってしまったので①と②に分けて掲載です。

我が家のサロンにエードゥアルト様をお招きして、あれこれとおしゃべりをしていた時のこと。

ふと思い出したように、エードゥアルト様が仰った。


「そう言えばルフレント殿の婚約者の方はどちらの家のご令嬢なのでしょうか? 一度ご挨拶を差し上げたいのですが」


うん、エードゥアルト様がわたしの兄の婚約者を知りたいというのは当然よね。今後親戚付き合いをするのだし。この貴族社会、ご挨拶は必須だ。だけどわたしはエードゥアルト様からさっと目を逸らした。


イルゼとモーナとカレンは、エードゥアルト様の言葉に一瞬手を止めた。が、そのまま手早く……というか、先ほどまでの倍以上の速度でわたしとエードゥアルト様のお茶を用意していく。

湯気が立ち上がるハーブティー。焼き立てのクッキーとマフィン。それをテーブルの上にセットし終えると一礼し、無言のままスタスタと足早に、サロンから出て行った。


そのまま時が過ぎる。


ハーブティーのフローラルな香りだけが、わたしとエードゥアルト様の間に漂い続ける……。


「……すみません。聞いてはいけなかったことだったのでしょうか? その、例えばご病気ですとか……」

「い、いいえ……。違います。ええと、我が兄には過去に婚約者がいた、らしいのですが、その……婚約破棄を、された……いや、兄からしたと言うべきなのかしら? ええと、その、兄の婚約が、なくなったのは……わたくしが十二歳の時で、その、ギード元殿下と婚約をして、わたくしの王子妃教育も本格的になってきた頃で……、学園に入学しておりました兄も学業に忙しく……、その、あの、兄妹の交流もあまりしていなかった時期で……。その、あの、お恥ずかしながら、兄の婚約や、婚約者についても全くわたくしは、その、関与しておらずと言いますか、その、当時は何も知らなくて、えと、そのあの……わたくしも、つい先日、兄から教えてもらったばかりなのですが……」


ものすごおおおおく、言いにくい。

言いにくいのだが、盛大に前置きをして、私は「兄の婚約破棄」についてエードゥアルト様にお話しさせていただくことにした……。

 

          ◆◇◆◇◆


……あの日は,ちょうどお父様もお母様もルフレントお兄様もたまたま時間がありまして、家族四人で和やかにお茶を楽しんでいたのです。ええ、本当に穏やか……。その穏やかな和やかさを壊したのは、わたくしです……。ええ、今のエードゥアルト様と同様に、ふと、わたくしもお兄様にお尋ねしてしまったのです。


「そういえば、わたくし、ルフレントお兄様の婚約者の方とお会いしたことがありませんでしたわね」


他意もなく、ただ話題の一つとして、聞いただけなのです。

本当に神に誓って、なにげなーく、聞いただけだったのです。

なのに。

お父様は即座に席をお立ちになりました。


「す、すまん。領地のほうの仕事を少々忘れていたのを思い出した。あ、後はお前たちでゆっくりとすごしなさい」

 

お顔の色は青く、冷や汗までも流していたお父様。ものすごい速さで、サロンを出て行かれました。

 

お母様もです。


「悪いわね、ちょっと色々とやらねばならないことを思いだしたわ。マルレーネ、その話はルフレントから直接お聞きなさい」

 

ほほほ……と、淑女らしい笑みを浮かべ、お母様もサロンから出て行ってしまいました。

 

残されたのはわたくしと、ルフレントお兄様の二人だけ。

 

さすがのわたくしも、なにやら不穏な雰囲気を感じました。


恐る恐るルフレントお兄様を見れば……表向きは人好きのする性格を装っておきながら、陰で良からぬことを画策しているような悪役顔で、壮絶な笑みを浮かべておりました。


「今現在、私に婚約者はいない」

「へ?」


ええ、笑顔です。

手にはコーヒーカップ。ゆっくりとコーヒーの香りを堪能し、その香りに満足そうに笑んでいる……という風情でしたが、どう見ても頭上には暗雲が立ち込めているご様子でした。


「えっと……ルフレントお兄様。わたくし、お兄様に謝罪をするべきことを言ってしまったのでしょうか?」


怒られる前に謝ろう。わたくしは、小さく身を竦めました。


「いいや? お前は悪くはないな。エイラウス侯爵家を継ぐ私に、婚約者の一人も居ないことがおかしいのだ」

 

ええ、そうです。わたくしは元とはいえ第二王子の婚約者でした。

そう、王子殿下の婚約者となれるほどに、我がエイラウス侯爵家は高位なのです。

その後継に、婚約者がいない。そして兄は既に二十歳。一般的な貴族なら、とっくに結婚をして子供の一人や二人いてもおかしくはないのです。

 

ルフレントお兄様がゆったりと優雅な手つきで、コーヒーカップをテーブルの上に置かれました。


「私が学園に通っていた頃の話だ。当時の私にはもちろん婚約者がいた。我がエイラウス侯爵領と隣接した地に住んでいた、とある伯爵家のご令嬢がな」

 

ここまで聞いてわたくしは「ん?」と首をかしげました。


「我がエイラウス侯爵領と隣接した地に……伯爵家などはありませんわよね?」


エードゥアルト様もご存じの通り、我がエイラウス侯爵領の南側は海。西側は王都です。そして、東側と北側に隣接している伯爵領などはないのです。お兄様が当時と言われましたが……昔はあって、今はない、ということなのでしょうか? 


お兄様はわたくしの質問には答えずに、お話を続けられました。


「そう、今でもよく覚えているよ。あの伯爵令嬢が私に向かって『お金でわたくしを縛れると思わないでっ! わたくしが真実愛するのはこの男爵家の令息よ。貴方との婚約など破棄するわっ!』とな、学園の教室で声高に叫んだのだよ」

「そ、それで……お兄様は……婚約破棄を叫んだ伯爵令嬢に何と答えたのです?」

 

わたくしは聞くべきではなかった。ええ、聞くべきではなかったのです。


ですが、ここまで聞いておいて、もういいですわ……とはいきません。


そうして兄は、端的に答えてくれました。

 

「不細工」

「は……?」

「不細工と、一言だけ、まずは言ってやった」


お、お兄様。それは女性に対してあまりにもひどすぎるのでは……?


「貴様が金で縛りたいと思うほどの女か。貴様程度の不細工な女、目的でもなければ婚約など結んでやるものか。顔を洗って出直してこい。ああ、顔が悪いだけではなく、頭も悪かったのだな? もちろん貴様のような無能者との婚約など、喜んで破棄してやろう。さっさと領地に帰り、貴様の父親に慰謝料の支払いを泣きつくがいい……とまあ、私も当時は若かったのでな。容赦なく悪口雑言をぶつけてしまった」


仮にわたくしがそのような言葉をぶつけられたら……。おおう。言葉の暴力で、ダメージが……酷いことになりそうです……。


「あの令嬢の父親が、慌てて頭を下げにやって来たが……、その時には既に、私は調べ上げていた伯爵家の不正、税の誤魔化し、伯爵のギャンブル狂い、いかにして領民を虐げていたかなどなどを書面にして国に提出しておいた」

 

……手際が良すぎると思うのですが。


婚約破棄をご令嬢から告げられて、他領の不正を調べ上げる? お相手のお父上が慌てて謝罪に来る程度の短い期間で?

いくら優秀なお兄様でも、速すぎではございませんか?


そんな疑問が浮かびました。


「元々あの伯爵領がきな臭くなり、我が領にも行き場を失った貧民が流れてきたのでな。資金援助程度で伯爵領がまっとうに立ち直るのなら良しと思い、婚約を結んだ。あちらの伯爵領を正常化できれば問題は無かったから、相手はあの不細工でなくともよかったのだが。残念なことにあの伯爵家に娘は一人しかいなかった。婚約者としての権限でアレコレ手を尽くして伯爵領をマトモにしようと試みていたのだが……、だが、あのように公衆の面前で婚約破棄などを叫ばれてはな。もはや私が伯爵家のために奔走してやる義理もない。婚約の後の更生などと面倒なことをせずとも、腐った伯爵家そのものを取り除けば良いと、そういう結論に至った。まあ、そういう次第で今私に婚約者はいないし、あの伯爵家も、もはや存在しない」


存在しない……伯爵家や元婚約者を闇に葬ったのでしょうか? 


ぶるぶる。怖くて聞けません……。


「だが若気の至りで、容赦なく隣領の一伯爵家を潰してしまった結果、私は『悪役令息』と呼ばれるようになり、今を以てしても私の婚約者に名乗りを上げるものはいない」


ああ……投げた爆弾は、相手だけではなくご自分にも被害を及ぼしてしまったのですね……。


         ◆◇◆◇◆



「……と、まあ、そのような話を、当時は知らず、先日聞いたばかりなのです。ですから、兄の婚約者に関しては、その……わたくしも何と言っていいのやら……」


喋り過ぎプラスアルファで乾いた喉をハーブティーで潤します。

けれど、エードゥアルト様は平然とされて……というか、納得したように「うんうん」と頷かれていた。


あれ?


「ああ、なるほど。何年か前に、私も学園長として、ある一人の伯爵令嬢の退学届を受理いたしましてね。ご令嬢の退学などめったに出ないのでよく覚えております。……そうか、あれにルフレント殿が関わっていたのですねえ」

 

のほほんと、ハーブティーを飲まれるエードゥアルト様。優雅な手つきはさすが元王族。素敵……じゃなくて。


「ご存じだったのですか……?」

「詳細は知りませんでしたが、伯爵令嬢がとある高位貴族の不興を買って、学園にいられなくなり、退学をして領地に戻るも、その領地自体がなくなった……と。まあ、その程度ですね。手間暇かけて更生させるよりも、いっそ廃棄した方が迅速ですし無駄がない。さすがルフレント殿」


あ、あれ? お兄様の鬼の所業にエードゥアルト様もドン引きされると思ったのに。

何故だがエードゥアルト様は賞賛? 賛同? されてますよ?


悪役令息の婚約破棄に、伯爵家没落って……それをしたのが我が兄。

しかも学園に通っていた当時だから、十五歳前後。そんな若さでそんなことを……。わたしなどは恐ろしくて震えたものですが。


あれ? 平気ですかエードゥアルト様。


もしかして、わたしの方がおかしいの? 敵は殲滅っていう感じのお兄様やエードゥアルト様のほうがフツーなの?


分からず混乱。


多分、今、わたしの頭の周囲には、漫画の表現みたいに「?」マークが浮かんでいるに違いない。


「大丈夫ですよマルレーネ」


そんなわたしにエードゥアルト様はにっこりと微笑まれた。ああ、この笑顔も眼福ですっ!


「王家のほうが闇は深いですからね……。異母兄達から聞いた王家の血なまぐさいアレコレをお話いたしますか? ルフレント殿の所業などまだ穏やかなものだと思いますよ」

 

穏やかっ! 


悪役令息の婚約破棄からの相手のお家没落を穏やかとおっしゃいますかっ! 


さ、さすがエードゥアルト様。エードゥアルト様のふんわりとした笑顔を見ていたら、我が兄の所業がフツーに思えてきたわ! うん、眼福。拝むべしで、当然正義。何の問題もないわよね! うふふっ!


そう思ってしまったわたしには、きっとエードゥアルト様らぶらぶフィルターが搭載されているのだろう。


でも良いの。人生で大切なことはただ一つよ。


エードゥアルト様、素敵っ!



お読みいただきましてありがとうございます。


続きは3月22日を予定しています。

どうぞよろしくお願いしますm(__)m

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