【 書籍化記念・その1 マルレーネ、転生前の思い出 】
書籍化記念・その1 転生前のマルレーネと先輩の話+αです。
「聞いて聞いて聞いて後輩ちゃんっ! 昨日買ったこの漫画が神っ! いやあああああもう、主人公が尊すぎて吐くっ! ひゃっほーいって叫びまくって飛び跳ねまくりたいっ!」
「……先輩、カレー持ったまま飛び跳ねないでください……」
とりあえず、テーブルを確保して、トレーごとカレーをおいてもらったけど、職場の先輩は今日もハイテンション。
右手にはカレーを食べるためのスプーン、左手には神と称された漫画。しかもアニメショップのロゴが入った透明なフィルムのカバー付き。それをぶんぶんと振り回しながら、社員食堂のカレーをもりもりと食べ、更に話す、語る、喋る。
ある意味凄いな先輩……と、半ば呆れ、半ば感心しながら、わたしはサンドイッチをもそもそと食す。
先輩はキャーキャー言いながら、漫画を振り回しているけど、家には保管用がもう一冊あるから大丈夫らしい。外に持ち出すのは観賞用アンド同人誌を制作するときの資料として、色々書き込んだり付箋をつけたりする用だから、汚れてもよい……って、前に聞いたことがある。
確かに、昨日買ったばかりのはずの漫画なのに、マーカーで線を引いてあったり、書き込み文字とかがいっぱいあったりで、すごいことになっている。
付箋の数も多すぎる。漫画の厚さが倍くらいに膨らんでいる。付箋だらけで付けている意味あるのかな? わけわかんない。
でも、わたし、この、偏った趣味全開の先輩が嫌いではない。
というか寧ろ好き。
先輩と一緒に食べるお昼ご飯がわたしの唯一の……癒し、ではないな、なんて言うのか、活力? 元気な人って、傍に居るこっちにも、そのパワーを貰える感じがする。まあ、先輩が語ってくる漫画とかアニメとか乙女ゲームとかの内容は、半分も分からないけどね。
あー……わたしの家族構成はお母さんとお父さんとお爺ちゃん二人にお婆ちゃん二人。兄弟姉妹はいない。お爺ちゃんとお婆ちゃんたちがケアセンターに行って、お母さんとお父さんが仕事に行くと、わたしは部屋の中に一人で残される。
学校がある日は良いんだけど。お休みの時は家で一人ぽつんとしてた。学校がある日は合鍵で家に入る。五時とか六時くらいに祖父母が帰宅。ケアセンターでお風呂に入ったり、他のお年寄りと元気に交流して来たりしているせいか、帰宅後の祖父母たちは比較的静か……というか、大音量でテレビを見ている。そのままソファで寝入ってしまっている時すらもある。
だいたい七時にお父さんが帰ってくる。で、休日にお母さんが山のように作ってくれて、冷蔵庫にぎっしり詰め込まれているおかずを、冷蔵庫から取り出してみんなでもそもそと食べる。テレビはつけたまま。
家族間の会話なんてない。
そんな食卓に比べれば、先輩とのご飯は百倍も千倍も楽しい。
そんなことをつらつら考えていると、サンドイッチも食べ終わり。ペットボトルの紅茶に手を伸ばす。
「そういえば、けっこう疑問なんだけど、後輩ちゃん、どうしてうちの会社で働いてんの? アタマ良いんだし、もっといいところっていうか、有名企業とかに採用されそうだけど」
先輩はストローで豪快にアイスコーヒーをかき回しながら、わたしに尋ねてきた。わたしはちょっと固まった。別に言えない理由があるわけじゃない。いつもアニメとゲームと漫画の話しかしない先輩が、わたしのことを聞いてきたからちょっとビックリしたのだ。
「えっと、もともと公務員試験受けるつもりで勉強してきて」
「ふんふん」
「試験当日インフルエンザで」
「げっ」
「家族もいたんですけど、放置されてて。あ、ネグレクトではなく、ウチ、祖父母合計四人とも要介護で、父も母もわたしまで気が回らず」
「あー……、そりゃ大変」
「別室受験とか、申し込めば出来たんでしょうけど……、熱で朦朧としてたら試験日過ぎちゃってて」
「そ、それは何と言うか、運が悪い」
「で、とりあえず、バイトしつつ、次の年また受験を考えたんですけど」
「き、きっと受かるよ!」
「二年目は試験当日会場に向かう時に列車の事故に巻き込まれて」
「電車の遅れくらいなら遅延措置が!」
「……脳震盪おこして、救急車呼ばれて。気が付けばまた試験時間すぎてました」
「……呪われてる? お祓い行く?」
「なんかもう諦めて。就職しちゃいましたけど。就職活動大変でした。新卒扱いにはならないし。かといって就業経験はないから転職扱いでもないし」
「あー、そりゃ大変だ。で、うちの会社に入ったのか……」
「ええ。で、就職したついでに一人暮らしも始めました。実家、公団団地なんで。収入制限とかあるんですよね。わたし、一人暮らしして出て行かないと、家賃が倍以上に」
「あー……公団はそういうところ厳しいよね。後輩ちゃんってば、色々大変な人生だったのね……」
よよよ、と泣きまねをする先輩。いちいちリアクションがおかしいなこの人。
「でも、こうやって先輩と楽しくお昼ご飯食べてるから。呪われてるっていうのはないんじゃないかなーと思います」
「え? 楽しい? 一方的にハイテンションでまくし立ててるあたしが?」
あ、自覚あったんですね、先輩。
「楽しいです。ホントは来年また、三度目の正直で公務員試験受けてみようかなって思っていたんですけど。受けないで、このまましばらく先輩と一緒にご飯食べる生活も悪くないかなって、ちょっと本気で思うくらい」
真顔でそう言ったら、先輩は一瞬びっくり顔で固まって。それから「うへへへへへ~」って変な笑い声を出しながら、わたしの肩をバンバンと叩いてきた。
ちょっと痛いですよ先輩。
◆◇◆◇◆
そうして、ふっと何かの気配を感じて、わたしは目を覚ました。
「あ、起こしてしまいましたか?」
「…………エードゥ、アルト、さま?」
エードゥアルト様が、ご自分の上着を脱いで、それをわたしにかけてくださっているところだった。
どうやらわたしはサロンのソファに座ったまま、眠ってしまっていたらしい。
そのままボケっと、エードゥアルト様の上着が温かいなーとか、いいにおいがするなーとか思いながら呆けてた。
すると、エードゥアルト様がご自分の額を、わたしの額にくっつけてきた。
ふおっ!
ち、近!
お、お顔が近いいいいいっ‼
「……熱はないようですが、呆けているマルレーネは珍しい。風邪など引いていませんか?」
「……大丈夫ですっ! 寝起きなだけですっ! と言いますか、見ていた夢の影響で、どっちが現実なのかってちょっと混乱して」
さすがにエードゥアルト様の上着がいいにおい~なんて、言えないわ~。
「夢……ですか?」
「はい」
「どんな夢を見ていたのですか?」
「あ……」
転生前の、日本でのことだから、何て説明しようかなってちょっと迷う。
考えながら、ふっと部屋の中を見れば、イルゼが温かい紅茶を用意してくれていた。
ペットボトルの、美味しいけれど均一な味じゃない。季節とか、気温とか、わたしの体調とか、好みとか、そういうことまで考えて淹れてくれる温かな、味。
「……昔の、知り合いと、おしゃべりしながらご飯を食べる夢、です。楽しかったなーって」
日本での生活が、辛かったとか、そう言うわけじゃない。でも……家族といる時はどことなく寂しくて。
転生前の楽しい思い出って、多分、先輩とのことくらいしか、思い出せなくて。
家族との楽しい思い出っていうのが、ない、というのが……ちょっと、ね。もうちょっとわたしがお父さんやお母さんの負担を減らしてあげられれば良かったのに……っていう、そんな後悔ばかりが胸に浮かぶ。
実家の祖父母のことは考えなくていいよ、貴女は自立して、自分で生きていきなさいってお母さんとお父さんが言ってくれたのは、きっとわたしに対する優しさなんだよね。介護なんて、大変で。それを負担しなくていいって言ってくれているんだから。
……でもね、寂しかった。
楽しい瞬間なんて、一個もなかった。
ごめんね。
「楽しいというわりには……寂しそうな感じですが……」
これは、多分、ささやかな、後悔。
先輩がわたしに話してくれたみたいに、わたし、家族に話しかければよかったんだ。
お父さんやお母さんには理解できない話でも、わたし、どんどん話しかけて、聞いて聞いて聞いてって、無遠慮に言えばよかった。
……そうしたら、きっと、家族との楽しい会話が思い出せないなんて、そんなこと、今、考えてない。
だけどもう、日本の時の家族とは出会うことはない。
もしもこの世界で出会えたとしても、もう立場も年齢も何もかも、別の人間になっているのだろうし。わたしはマルレーネとして生きていく。
後悔は、胸の片隅に。小さな結晶にして仕舞っておく。
時々、その結晶を取り出すかもしれないけど。だけど。
イルゼの、温かいお茶を飲む。
エードゥアルト様の上着を胸に抱く。
「ふふっ、寂しかったのかもしれませんね。だけど、これからは」
先輩みたいに。色んなことを、エイラウスの家族に、イルゼたちに、エードゥアルト様に、話そうと思う。
話したいと思える相手がいる
今、わたしはとても幸せ。
次回更新は3月15日予定。
どうぞよろしくm(__)m
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